中国返還で衰退していた香港映画に“復活”の機運 オマージュの『エブエブ』はオスカー7冠

アジアの多彩な作品を集めた第18回大阪アジアン映画祭が19日まで大阪・ABCホールなどで開催中だ。米国の第95回アカデミー賞では、往年の香港カンフー映画にオマージュを捧げた米映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(公開中)が、作品賞を含む最多7部門を制覇したが、本映画祭でも『四十四にして死屍死す』の世界初上映を含め、香港映画が計6本上映と“香港”の元気がいい。昨今、現地では何が起こっているのか。映画評論家で同映画祭プログラミング・ディレクターの暉峻創三(てるおか・そうぞう)氏に聞いた。

『深夜のドッジボール』のイーキン・チェン(左)【写真:(C)2022 Emperor Film Production Company Limited ALL RIGHTS RESERVED】
『深夜のドッジボール』のイーキン・チェン(左)【写真:(C)2022 Emperor Film Production Company Limited ALL RIGHTS RESERVED】

映画評論家・暉峻創三氏「世代交代が起きている」

 アジアの多彩な作品を集めた第18回大阪アジアン映画祭が19日まで大阪・ABCホールなどで開催中だ。米国の第95回アカデミー賞では、往年の香港カンフー映画にオマージュを捧げた米映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(公開中)が、作品賞を含む最多7部門を制覇したが、本映画祭でも『四十四にして死屍死す』の世界初上映を含め、香港映画が計6本上映と“香港”の元気がいい。昨今、現地では何が起こっているのか。映画評論家で同映画祭プログラミング・ディレクターの暉峻創三(てるおか・そうぞう)氏に聞いた。(取材・文=中山治美)

 暉峻氏は実感を込めて言った。

「映画祭の予算が例年以上に厳しく、上映本数を絞りに絞った結果、大きな変化が起きている地域が浮き上がってきた。それが香港だった」

 同映画祭では2022年度以降に制作された日本未公開作を中心に上映しており、香港映画6本のうち3本は、14作品が選ばれたメーンのコンペティション部門での上映。さらに6作品の監督はいずれも長編1~2本の新鋭たちで、カー・シンフォン監督の『流水落花』は、行政が実施している「オリジナル処女作支援プログラム」の入選作品でもある。

 香港では1970年代後半から、“香港のスピルバーグ”ことツイ・ハーク氏や『男たちの挽歌』シリーズのジョン・ウー氏ら香港映画の黄金時代を築いた監督たちが多数生まれ、その現象は“香港ニューウェーブ”と称された。しかし、97年に香港が中国に返還され、中国市場を意識した大作が増えるにつれ、徐々に“香港映画らしさ”が失われていった。加えて、返還時に保障されていたはずの一国二制度が崩壊。映画制作においても当局の検閲が厳しくなる中、香港映画界の行く末を懸念する声が多かった。そんな中での若手隆盛の動き。“香港ニューウェーブの再来”と期待する向きもある。暉峻氏は「世代交代が起きている」と説明した。

「ツイ・ハークやダンデ・ラムらベテラン監督たちは中国向け作品に比重が向いていることもあり、香港映画界の長年の課題だった世代交代が起きているということでしょう」

 さらに、暉峻氏は本映画祭で上映6本の共通点を「香港ローカルなネタで、香港人のアイデンティティーに訴える作品」と言った。例えば、イン・チーワン監督の長編デビュー作『深夜のドッジボール』は、家庭に居場所のない少女たちの支援場所として公立体育館の深夜使用枠を活用していたが、経費削減などを理由に閉鎖の危機に陥る。そこで社会福祉士のヨンの発案で、少女たちみんなでドッジボール大会に出場して成果を出し、深夜枠の重要性をアピールするという異色スポ根エンタメだ。

映画評論家・暉峻創三氏
映画評論家・暉峻創三氏

 一見、ぬるいコメディーだが、体育館を管理している事務所には「体制の不備を正せ」の張り紙が。さまざまな問題を抱えた主人公たちが、理不尽な社会に痛めつけられても諦めずに立ち上がる姿は、先の民主化運動デモ弾圧で未来が描けなくなっている人たちに力を与えるに違いない。ちなみに、本作の英題は『Life Must Go On』(人生は続く)だ。

 残念ながら3月時点で日本配給が決まっているのは、『窄路微塵(きょうろみじん)』(公開未定)のみ。香港民主化デモをテーマにした映画『少年たちの時代革命』で、共同監督を務めたラム・サム監督の単独監督デビュー作だ。コロナ禍を背景に、生活水準の低い若者たちを主人公にした本作は、4月16日に授賞式が行われる香港のアカデミー賞こと香港電影金像奨で作品賞ほか10部門にノミネートされている。

 暗いニュースが続いた香港だが、「香港映画の灯を消すまい」とする若手の台頭。そして、世界の香港映画を愛する人たちの動きに注目したい。

トップページに戻る

中山治美

あなたの“気になる”を教えてください