ザ・グレート・カブキとタイガー戸口がマット界に喝 悪党レスラーの神髄語る

頭が悪くちゃできねぇよ。“東洋の神秘"ザ・グレート・カブキとタイガー戸口が悪役(ヒール)レスラーの神髄を明かした。2人は「毒虎シュート夜話 昭和プロレス暗黒対談」(徳間書店)を出版し、思い出話を大放出。プロレス界の大ベテランはENCOUNTの取材に、現在のマット界が抱える課題をえぐり出した。

血気盛んなカブキ(右)と戸口
血気盛んなカブキ(右)と戸口

一人前の悪役レスラーとは「5年、10年かかるよ」

 頭が悪くちゃできねぇよ。“東洋の神秘”ザ・グレート・カブキとタイガー戸口が悪役(ヒール)レスラーの神髄を明かした。2人は「毒虎シュート夜話 昭和プロレス暗黒対談」(徳間書店)を出版し、思い出話を大放出。プロレス界の大ベテランはENCOUNTの取材に、現在のマット界が抱える課題をえぐり出した。

――2人とも長く悪役レスラーとして活躍された。悪役レスラーに必要な資質とは何か。

戸口「(頭を指しながら)これですよ。一番最初は頭の中。頭。難しいことを言っちゃうけど、哲学と論理学。論理と理論と、それが分かってなかったらヒールはできない」

カブキ「同じだね。ただ単にやるだけじゃダメだし、会場の雰囲気とかいろんなもの、レフェリーとかのそういう感覚を覚えていかないと。自分だけ走ったって、お客がついてこないし、選手もつけなかったらどうしょうもない。そこをバランス良く引き寄せて、どうやってやっていくかは難しいですね」

――戸口さんは著書の中で「ベビーフェースは立っていればいい」と言った。それはどういう意味か?

戸口「ベビーフェースが構えて立っていて、攻めて前に進んでいけば悪役は必ず下がるから、必ず。そのことを言った。試合のことでね。アクションにつなげていく動きがそうしないとダメだってこと。ベビーフェースも多少考えなきゃアカンけど、ただ、人を沸かさせるのはヒールだからね。客に憎まれなかったらヒールっていうのはどうしようもないし、ベビーフェースは好かれなきゃいけないし。だから持ちつ持たれつですよ。ねえ、カブキさん」

カブキ「いかにしてお客さんをヒールはヒートさせるか。ベビーフェースはベビーフェースでお客さんをどう楽しませるか。そこが一番、やっぱり大事かな」

――現役時代はどういう考えでやってきたか。

カブキ「何せ、客を入れることを考えなきゃ。そればっかり考えていたね。いかに怒らせるか、いかにアイツは面白いヒールだなっていうふうに客に思わせるか。でないと、お客さんはドローできない。引っ張れない。そういうことばっかり考えてたね」

――リング上では悪いことしながらも、お客さんを入れるのは自分たちという自負があった。

カブキ「そうですね。でないと、客が入らなきゃすぐ、ハイ、アウトって出されちゃう。ヒールは本当に難しくて、いかに客を入れるか」

――悪役レスラーはベビーフェースに比べ稼げないというイメージもある。

カブキ「アメリカでは、関係ないですね。プロモーターは分かるから。誰が客を入れてるかっていうのは」

――そこまでなってようやく一人前の悪役レスラーとして認められる。

カブキ「そうでしょうね。そこまでなるのに1、2年じゃできないよ。5年、10年かかるよ」

――戸口さんもキム・ドクとして米国で稼いだ。

戸口「結構稼いだよ。30年いて32台、車買っているからね。1年乗ったら終わりですもんね、車。一番もらった時、週給1万ドルぐらいもらっているよ。(ヒールは)稼げないって言うけど、日本の人はみんな分かってない。カブキさんに聞いても分かるけど、そのタウン、タウンによって客の箱が違うから、大きいところで客入れればそれだけもらえる」

――今、日本のプロレス界は復活の兆しを見せている。悪役レスラーの視点として、2人はどう見ているか?

カブキ「オレはほとんど見ていない。今の若い人と、オレらの年代は、全然、考え方が違うから」

戸口「オレ、このあいだある試合見に行ったけど、ニューヨークから来ている外国人なんてレスリングできねぇじゃない。オレ、途中で帰ってきたよ。言っちゃ悪いけど」

カブキ「ヘヘヘ」

――昔ほど悪役レスラーが光っていないように思える。

カブキ「そうだね。やっぱり、お客さんの引っ張り方を分からないんじゃない。だからやたら飛んだり跳ねたりするのがいいみたいな傾向じゃない。それじゃ、お客さんもつまらない。第1試合からメインイベントまで同じ試合。そこにいろんなものがあってこそ、面白いんであってさ」

戸口「オレらの時、同じような試合したらぶっ飛ばされたもんね」

――ちょっと悪役の人材不足みたいなところがある。

カブキ「いや、人材不足じゃなく、勉強不足ですよ」

戸口「それはオレもカブキさんと一緒。みんな考える頭を持たないからいけないんだよ」

日本マット界にも毒霧を噴射した
日本マット界にも毒霧を噴射した

戸口は親交あったトランプ大統領に警告「ケネディみたいに『イカれる』ぜ」

――カブキさんは著書の中で「毒霧」の手法を詳細に話した。あの狙いは?

カブキ「もう引退したからいいんじゃない。ぶっちゃけちゃっても。それは、現役でやってる時は絶対しゃべらなかったけどさ。もう引退したらいいよ。だから、次、誰かが別なことで考えればいいこと。それはオレで終わったんだから。誰かがまた新しいものを作ればいい」

戸口「それだけの頭を持っている人が今の若いヤツにいるか。それなんですよ。客を呼べる呼べないは。オレらがやっていたスタイルで今もやってたらダメ。ちょっと変えないと。真似してたらダメ」

――ところで、戸口さんはWWF(現WWE)時代、米トランプ大統領と食事をする仲だった。現在の活躍をどう思う?

戸口「ニューヨークでね。(マジソンスクエア)ガーデンで、しょっちゅう来てたから。彼はプロレスが好きだからよく見に来ていた。1~2回食事した。彼だって忙しいもん、不動産で。背がでかくてピシッとしてたよ。やっぱり、トランプタワーを作るだけあって。あれだけの実業家で、頭が賢い。だから大統領なんかなるもんじゃないんだよ。実業家であのまま不動産でやっていれば、今頃もっと良くなってるよ。あんな憎まれないで。ね、カブキさん(笑い)ハッキリ言ってやるわ。今、トランプが米国の政治やってるけど、みんなバカなことばかり。全部、抑えているのばかり。入れちゃダメだ、これしちゃダメだ、移民はダメだ……何ができるの? 国で移民の人が入って来るだろ。移民してくるから働いて税金を払ってくれるのに、移民はダメだの、こうしちゃダメだの言ってたら何もできなくなっちゃうよ。オレ、裏は言いたくないから言わないけど、ヤツも気をつけないと、ケネディみたいに『イカれる』ぜ。だって、後ろでバックがいるんだから。そいつらに逆らったらイカれるよ」

□ザ・グレート・カブキ 本名:米良明久。1948年9月8日、宮崎県延岡市出身。64年、日本プロレスに入門。同年10月31日、宮城・石巻市の山本小鉄戦でデビューした。団体が73年4月に活動停止すると、全日本プロレスに合流。81年に遠征先のアメリカで「ザ・グレート・カブキ」として大ブレイク。83年ジャイアント馬場に呼び戻され凱旋帰国。「毒霧」と「カブキ」は社会的ブームとなるも、日本独自の「待遇」により辛酸を嘗める。98年9月7日、IWAジャパンのリングで現役を引退。2002年10月に復帰、17年12月、後楽園ホールでの「KABUKI THE FINAL」(プロレスリング・ノア)で正式引退。現在は東京都文京区で「BIG Daddy酒場 かぶき うぃず ふぁみりぃ」を経営している。日本プロレス界きっての人格者として元・現役問わず多くのレスラーの相談者となっている。

□タイガー戸口 1948年、東京都葛飾区出身。韓国出身の力士・龍錦を父に持つ在日韓国人2世のプロレスラー。修徳高校入学から柔道を始め、将来の大型五輪選手として期待されながら卒業後、67年に日本プロレス入り。72年にシューズとタイツ、片道切符だけを手に渡米する。大型ヒール「キム・ドク」として才能を開花させ、トップとなり、週1万ドルを稼ぎアメリカン・ドリームを手にする。ジャイアント馬場の策謀により76年から全日本プロレスに参戦し、ナンバー3として活躍。81年には、当時、日本マット界では掟破りとされた新日本プロレス移籍を果たし、84年に新日離脱。全日再加入を模索するも、馬場の反対によりとん挫。88年公開の映画「レッドブル」(主演、アーノルド・シュワルツェネッガー)に出演するなど、映画界にも進出する。現在まで、現役レスラーとして日米で活躍。

(ENCOUNT編集部)