“海軍の街”横須賀の軍事遺産が老朽化でひっそり解体 本格調査なし、露呈した保存の難しさ

軍港の街である神奈川県横須賀市。この市に残っていた旧海軍航空隊の格納庫建物が、2023年の初頭にひっそりと姿を消した。近代化遺産が点在する横須賀でも、戦前・戦中から残ってきた、軍事遺産ともいえる建造物の保存は容易ではないようだ。

解体された日産追浜工場内の旧海軍航空隊格納庫【写真:横須賀市教育委員会提供】
解体された日産追浜工場内の旧海軍航空隊格納庫【写真:横須賀市教育委員会提供】

海軍最古の飛行場跡にあった格納庫

 軍港の街である神奈川県横須賀市。この市に残っていた旧海軍航空隊の格納庫建物が、2023年の初頭にひっそりと姿を消した。近代化遺産が点在する横須賀でも、戦前・戦中から残ってきた、軍事遺産ともいえる建造物の保存は容易ではないようだ。(取材・文=大宮高史)

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 23年1月24日、ツイッター上で「日本戦跡協会」というアカウントが、日産自動車追浜工場内に現存していた「横須賀海軍航空隊格納庫」が解体されたと投稿した。

 横須賀市北部にある日産追浜工場は、戦前に旧日本海軍の横須賀航空隊があった敷地を戦後に転用したもの。日産自動車も取材に対し「横須賀市と協議の上、安全上の観点から解体しました」と答え、解体を認めた。

 追浜工場内に残っていた格納庫建物はかまぼこ型の形状で、取材に応じた日本戦跡協会の運営者によると、1935(昭和10)年には既にあったという。この場所での旧海軍航空の歴史は12年(大正元年)10月開設の追浜飛行場にさかのぼり、16年(大正5年)に横須賀海軍航空隊が開設。海軍基地の航空隊として最古であり、近接の航空技術廠(しょう)とともに海軍航空の拠点として機能していた。

 敗戦と海軍解体の後、61年(昭和36年)から日産追浜工場が操業を開始。格納庫建物は追浜工場内で使用されていたが、老朽化と安全面の懸念で解体された。

 旧軍航空隊の建造物で現存するものとしては茨城県の旧霞ケ浦海軍航空隊格納庫や、鹿児島県鹿屋市の旧鹿屋航空基地周辺の掩体壕(えんたいごう)跡などがあり、横須賀市内にも太平洋戦争末期の「野島掩体壕」などが残っている。ただ頑丈なコンクリートで作られた掩体壕や地下壕に比べると、地上の建造物、それも大規模なものが現存している例は少なく、追浜工場内の横須賀海軍航空隊格納庫もその一つだった。

文化財保護法・登録文化財の対象にならず

 調査もなくひっそりと解体がなされたことは、近代の建造物の研究の難しさも露呈したようだ。横須賀市教育委員会文化財保護課によると、この格納庫建物については以前に簡潔な調査を行ったのみで、解体の際の調査・記録はなされなかった。

「文化財保護法により、埋蔵文化財が埋まっているとみられる包蔵地であれば工事を行う場合事前の届出が必要ですが、これは遺跡などを想定しており、当該の格納庫は該当していません」(文化財保護課)

 格納庫は横須賀市内に残る唯一残る旧海軍航空機格納庫ではあるが、工場用途に使われており一般公開もされていなかった。文化財保護法や文化財保護条例によって指定文化財登録を受けていないこのような建造物は、保存や学術調査の可否も所有者の意志次第という現状がある。

 横須賀市には国の文化財保護法と県・市の文化財保護条例に基づき120件の指定文化財があるが、近代以前の文化財も多く、明治以降の建造物は24件にとどまる。「軍都」のイメージが強い横須賀だが、特に昭和戦前期~戦時中の戦跡はこういった文化財認定を受けていない。

 もっとも、登録文化財になっていても保存費用がかさむことなどを理由に解体・登録抹消となる事例も相次いでおり、解体による登録抹消件数は2022年9月までの累計件数で262件(文化庁資料より)にのぼっている。事実上「所有者任せ」になっている、知名度も低く文化財認定も受けていない戦前戦中の軍事遺産の調査や保存は容易ではない。ペリー来航の1853年(嘉衛6年)開設の幕府浦賀造船所が源流の旧住友重機械工業浦賀工場(浦賀ドック)も、ドック以外の工場建屋は一部を除いて近年解体された(こちらは市により測量調査などを行っていた)。

「日本戦跡研究会」運営者は、こういった現状に対し「本来、国や地方自治体が、政治問題化するのを恐れて取り扱うことを避けていることや、予算や優先度の問題から後回しになるのためこうした問題が表面化していると考えています。他の地方自治体の文化財担当者からも上司が認めず戦跡を調査できないと聞いたりもします」と話し、さらに機会があれば同会のような民間団体でも調査に協力したいと話している。「公有地、民有地問わず所有者が調査に協力してくれる理解が広まればと考えます」と、戦争遺跡の歴史的価値も認められるべく、情報発信を続けていきたいとしている。

次のページへ (2/2) 【写真】内部から見た格納庫特有のかまぼこ型の屋根と鉄骨
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