【週末は女子プロレス#89】芸能志望だった演劇女子、25歳の壮麗亜美がスターダムで生まれ変わるまでのストーリー
現在スターダムで活躍する壮麗亜美は、入門時点までプロレスをほとんど知らなかった。中学生の頃から声優や俳優志望で芸能界に入りたいと思うようになり、高校では3年間、演劇部で活動した。しかし、演劇を継続するため受験した大学は不合格。それでも彼女は夢をあきらめずに地元・福島から上京、アルバイトをしながら通信制の大学で学び、チャンスを待った。
演劇のために福島から上京、プロレス界に飛び込んだ理由とは
現在スターダムで活躍する壮麗亜美は、入門時点までプロレスをほとんど知らなかった。中学生の頃から声優や俳優志望で芸能界に入りたいと思うようになり、高校では3年間、演劇部で活動した。しかし、演劇を継続するため受験した大学は不合格。それでも彼女は夢をあきらめずに地元・福島から上京、アルバイトをしながら通信制の大学で学び、チャンスを待った。
「いろんなオーディションを受けながら小劇場の舞台に何本か出演していました。そこで同じ舞台に出ていたのが、月山和香だったんです」
月山も現在スターダムで試合をしているが、当時はまだアクトレスガールズの練習生。プロレスという言葉を意識したのはそのときが初めてだった。
「共演したときは『プロレスの練習をしているんだあ』っていう程度だったんですよ。舞台が終わってからは連絡も取り合ってなかったんですけど、ある日、ほかの共演者の舞台を一緒に見に行こうとなって再会したんですね。その帰り道に、『私、運動したいんだよね。痩せたいし』って話をポロっとしたら、『だったら練習に来なよ。運動無料でできるよ。マット運動とかけっこう楽しいから』みたいに言われて」
ところが、そのときの月山は松葉杖をついていた。まもなくデビューというところで左足の甲を骨折していたのだ。骨折しても「楽しい」プロレスとはなんなのか? 彼女は「運動できる」との言葉から興味を抱き、アクトレスガールズに入門した。
「当時はひめか(現スターダム、4・23横浜アリーナで引退試合)が退団するところで、大きい選手がちょうどほしかったんだと思います。それでアクトレスガールズの代表から入門を勧められて、じゃあやってみようかなと思いました」
彼女のポテンシャルは身長170センチの恵まれた体格に隠されていた。中学生までバレーボール、水泳をやっていたが、芸能界に入りたくて演劇にシフトチェンジ。スポーツから離れていたが、第三者からすれば彼女のスケール感はむしろプロレス向きなのではないかと思えてくる。演劇もできるアクトレスガールズで、まずはプロレスラーとしてのデビューを目指す。そこが彼女にとってのゴールになった。
「コロナ禍になってプロレス興行が減ってしまったんですけど、数少なくなりながらも先輩たちのセコンドにつかせてもらったりして、プロレスってすごくおもしろいんだなと思えるようになりました。ただ、内心ではホントにデビューできるのかなという不安が大きくて……。それでもなんとかこぎつけたんですが、デビューしたら、あっ、これで終わりじゃない、次の試合があるんだって気づいて(笑)」
レスラーデビューは到達点ではなく、スタート地点。20年8・14後楽園でデビューを果たすと、9日後には初めて他団体のリングに上がった。その後、さまざまな団体から声がかかった。芸能寄りとプロレス寄りの選手がいるアクトレスガールズにおいて、彼女はすぐにプロレス寄りの選手となった。翌年3・22新木場では、プロレスに誘ってくれた月山からシングル初勝利を獲得した(月山はいまだ未勝利。3月いっぱいまでに白星を挙げられなければ所属ユニットから追放される)。
「デビューしたての頃はなにもできなかったので、けっこうしんどかったんです。泣いて帰るようなときもあって、もうイヤだみたいな感じにもなってました。ただ、ありがたいことに他団体さんにたくさん出させていただき経験を積ませていただいたおかげで、プロレスがどんどん楽しいと思えるようになっていったんです」
ホームリングだけではどうしても試合数が限られる。プロレスに集中する他団体のリングに多く上がることで、失敗もすぐに取り返す機会も得た。芸能と二足の草鞋を履くアクトレスガールズではなく、彼女の心はプロレスラー一本になっていた。
ところが、アクトレスガールズのプロレス団体活動終了が決定。アクトレスに残るか、それとも他団体やフリーでプロレスラーを継続するかの選択を迫られた。
「まだデビューしたばっかりなのに、プロレス業は廃業するからアクトレスに残るならプロレス引退みたいな感じだったんですよ。でも私の気持ちは芸能よりもプロレス、プロレスだったので(アクトレス退団を選択した)」
現在は3大タイトルのチャンスが同時進行
しかし、プロレス団体としての最終興行を前に左ヒザ前十字靭帯を断裂。最後の試合は欠場も、ゲームをする形でリングに上がった。
「ホントについてないし、ホントに悔しかったですね。しかも(プロレスではなく)アクトリング(アクトレスガールズの演劇ブランド)の練習中にケガをしたんですよ。最後の大会は無理やり参加して、結局は誰よりも長くリングに上がってました(苦笑)」
二派に分かれたアクトレスガールズの選手たち。プロレス継続を選択した選手が次々と新天地のリングに上がり始めた。そのなかで彼女は沈黙を貫いた。焦る気持ちはありながらも懸命にリハビリに取り組み、復活の機会をうかがっていた。
そして、昨年3月26日、スターダムの両国国技館に朱里のボディガードとして突如出現。リングネームを本名の三浦亜美から壮麗亜美にあらため、4・3立川でのシンデレラ・トーナメント1回戦で初試合をおこなった。このとき、朱里、MIRAIと新ユニット、ゴッズアイを結成。ポテンシャルを活かせる最大の場所を見つけたと言っていいだろう。
スターダムで生まれ変わった壮麗は、多くのチャンスを与えられ、確実にその多くをモノにしていった。6人タッグ戦線では連勝を重ね、MIRAIとのタッグチームではまだベルトには到達していないもののゴッデス・オブ・スターダム王座に3度挑戦。常にトップコンテンダーの位置にいると言っていい。個人ではシングルリーグ戦5★STAR GPの予選リーグをぶっちぎりで突破し、本戦でも期待以上の成績を残してみせた。
キャリア3年未満、または20歳以下を対象とする若手のタイトル、フューチャー・オブ・スターダム王座は最多防衛記録を作った羽南を破り一発奪取。フューチャー王者でありながら、頂点王座のひとつであるワンダー・オブ・スターダム王座にも挑戦した。上谷沙弥から白いベルト奪取こそならなかったものの、かつての王者、林下詩美や舞華が実践してきたフューチャー王者のままトップを狙うという、若手を超越した王者のイメージを継承。しかも若手ブランド、NEW BLOODのエース格となり、NBの大会と本戦をまたにかけてタイトルマッチをおこなっている。
現在の壮麗は、3大タイトルのチャンスが同時進行。6人タッグリーグ戦トライアングルダービーでは、朱里&MIRAIとのトリオで3・4代々木での決勝トーナメント進出を決めた。ここで優勝を果たした上で、6人タッグのベルト、アーティスト・オブ・スターダム王座に挑むつもりだ。NBで新設されるタッグ王座決定トーナメントでは、ゴッズアイの新メンバーななみとのコンビで1回戦を突破。準決勝におけるMIRAI&稲葉ともか組との同門対決が決まっている。トリオでは朱里がリーダーだが、初代王者を決めるこのトーナメントでは壮麗がななみ、MIRAIが稲葉を引っ張る立場。これもまた壮麗にとっては今後に向けての大きな経験になるだろう。そして、フューチャー王座はデビュー3年となる今年8月14日ギリギリまで保持するつもりでいる。と同時に、複数のベルトを一度に巻くのが壮麗の描く青写真だ。
スターダムマットに上がり始めてもうすぐ1年。群雄割拠のリングにおいて壮麗のスケール感は大きな魅力だ。しかしながら、パワーファイターが意外と多いのも実際のところ。舞華やひめかを筆頭に団体内はもちろん、高橋奈七永、優宇ら外部からも続々とパワーを武器にした選手がやってくる。壮麗にとって大きなやりがいであり、油断すれば埋没しかねないリスクも背負う。そんななかでも「私は私を貫き続けて、みんなに応援される、憧れてもらえる、元気を与えられるプロレスラーになりたいです」と壮麗は言う。ふとしたきっかけでプロレスと出会い、身も心もプロレスラーになった壮麗亜美。ポテンシャルの大爆発が期待される。