電車内で女性の胸をもみしだく動画が拡散 犯人つるし上げは“人権無視”か 弁護士に聞く

ある有名企業の会社員とされる男性が電車内で寝ている女性に痴漢行為を行う内容の動画がSNSで拡散、物議を呼んでいる。男性は名前や勤務先、経歴、家族構成まで特定される事態となっており、ネット上では「痴漢は犯罪」「徹底的にやるべき」という声の一方で「勤務先や家族構成まで特定するのはやりすぎ」「犯罪者にも人権はある。これじゃ私刑と変わらない」という声が上がるなど、賛否両論となっている。痴漢を目撃した際、それを撮影・拡散する行為に法的な問題はないのか。また、適切な対応とはどういったものなのか。樋口国際法律事務所代表の樋口一磨弁護士に聞いた。

痴漢行為を撮影、拡散することは「私刑」にあたるのか(写真はイメージ)【写真:写真AC】
痴漢行為を撮影、拡散することは「私刑」にあたるのか(写真はイメージ)【写真:写真AC】

有名企業の会社員とされる男性が電車内で痴漢行為を行う動画がSNSで拡散

 ある有名企業の会社員とされる男性が電車内で寝ている女性に痴漢行為を行う内容の動画がSNSで拡散、物議を呼んでいる。男性は名前や勤務先、経歴、家族構成まで特定される事態となっており、ネット上では「痴漢は犯罪」「徹底的にやるべき」という声の一方で「勤務先や家族構成まで特定するのはやりすぎ」「犯罪者にも人権はある。これじゃ私刑と変わらない」という声が上がるなど、賛否両論となっている。痴漢を目撃した際、それを撮影・拡散する行為に法的な問題はないのか。また、適切な対応とはどういったものなのか。樋口国際法律事務所代表の樋口一磨弁護士に聞いた。(取材・文=佐藤佑輔)

 先月21日に拡散した問題の動画では、電車内の座席に座った男性が、隣の座席にもたれて眠る女性の胸部を何気ない顔でもみしだく様子が、49秒間にわたって収められている。男性の顔はあらわとなっている一方、被害者の女性は顔にモザイクをかけられるという配慮がなされている。また、拡散した投稿には、男性の顔や本名、経歴、勤務先が載ったフェイスブック上のプロフィル、顔にモザイクがかけられた妻と3人の子どもが一緒の家族写真が添えられている。

 ENCOUNTが勤務先とされている総合商社に投稿内容の事実関係について問い合わせたところ、「名前のあがっている社員は在籍しているものの、本人は拡散した内容について否定しており、そのような行為が実際にあったのかは現在調査中です。痴漢の事実が確認できた場合には然るべき措置を取らせていただきます」という回答があった。

 一連の投稿に、ネット上では「ここまでやったら私刑では」「過剰制裁にあたるんじゃないか」という批判の声も上がっているが、痴漢が疑われる場合、その行為を撮影・拡散することに法的な問題はあるのだろうか。

「あくまで公の場であることを前提とした場合、まず、撮影行為自体に法的な問題はありません。仮に顔が映っていても、公共の場で不特定多数の人が見られる状況である以上、法的にはプライバシーのない状態と言えます。ただ、実際には勝手に撮っていることでトラブルとなることは十分にありうる。結果としては請求が認められない可能性は高いものの、裁判を起こされることもあり得るので、慎重になるべきです。

 次に撮影内容の公開ですが、コメントをつけず、客観的に動画の内容だけをアップするのは、通常は法的な責任が生じるものではありません。一方で、固有名詞や評価に関する内容を書き込むことは、もし事実でなければ名誉毀損に当たるため慎重になる必要があります。事実かどうかは動画の内容も踏まえ、最終的には裁判所が判断します」

 中には「痴漢動画を公開することは被害女性のセカンドレイプにあたるのでは」との懸念もあるが、そういった可能性はあるのだろうか。

「被害者が痴漢に遭ったことを知られたくない場合、公開の仕方によっては精神的苦痛を受けたとして慰謝料を請求される可能性はあります。被害者の顔にモザイクをかけるなど、個人を特定されないような配慮をした方がトラブルにはなりにくいです」

迷惑行為の当事者には、誹謗中傷を浴びせても構わないという雰囲気も

 ネット上で賛否両論となっている氏名や住所、勤務先の特定、公開についてはどう考えればいいのか。

「法的責任を問われる可能性があるとすれば名誉毀損です。①公共の利害に関すること、②公益を図る目的であること、③真実であることの3つの条件を満たしてあれば、『この人は痴漢です』と指摘しても名誉棄損となることはありません。公益のためにやっていると分かるような書き方をすることが重要で、『痴漢に気をつけましょう』なら問題ないですが、『こいつは私刑にするべき』など、過剰な個人攻撃、人格攻撃に及んでいるものは、例え痴漢行為が事実であっても名誉毀損にあたる可能性があります」

 それでは、実際に第三者として痴漢の現場に遭遇したとき、適切な対応とはどのようなものなのか。

「決定的な証拠となる動画は撮って構いません。ただ、SNSへのアップは直接的な解決には至らない。できればその場で勇気を出して『今触ってましたよね。証拠もありますよ』と声をかけたり、駅員を呼んだりすることがベストです」

 近年ではSNS上の迷惑行為動画の当事者を特定し、不特定多数から苛烈な誹謗(ひぼう)中傷やネットリンチを浴びせてもはばからないという雰囲気も醸成されている。最悪の場合、当事者を自殺まで追い込んでしまうこともある誹謗中傷だが、問題はないのだろうか。

「裁判で有罪が確定した人物に対しては、個々人が自由に非難を述べ、それによって本人がノイローゼとなったり自殺に至ってしまっても、倫理道徳的にはともかく、法的責任を問われることはありません。他方、裁判で有罪となるまでは無罪が推定されますし、冤罪の可能性もあります。冤罪でないとしても、例えば万引きやポイ捨てなどの軽微な罪がSNSで炎上し、『殺すべき』『死ね』など必要以上の誹謗中傷が殺到した場合どう対応するのか……。これらは新しい現象であり、法律や判例が追いついていません。いずれにせよ、悪いことをした人であるからといって、何を言ってもよいというわけではありません」

 誰もが端末を持ち歩き、画像や動画を自由に投稿・拡散するSNS全盛の時代。悪い行いをしたものは徹底的に社会的制裁を加えられても仕方がないのか。今一度、社会全体で考えていく必要がありそうだ。

□樋口一磨(ひぐち・かずま)1976年千葉県柏市生まれ。慶大法学部卒業。一橋大学大学院修了。米国ミシガン大学ロースクール卒業。日本と米ニューヨーク州の弁護士資格を持つ。2011年6月、東京・千代田区に樋口国際法律事務所を設立。国内業務はもちろん、海外法務など国際案件にも幅広く対応している。メディアへの出演・コメント多数。

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