トヨタは「既にゲームに負けている可能性がある」 EV戦略の遅れに識者が警鐘「『プランB』は見えてこない」

自動車業界は今、大きな過渡期にある。電気自動車(EV)が急速に普及し、ガソリン車が縮小の一途をたどっている。そんな中、日本の自動車メーカーは国際社会のEV化の流れに遅れを取り、新たなガラパゴス化の懸念も高まっている。特にハイブリッド車を打ち出すトヨタに勝算はあるのか。「既にゲームに負けている可能性がある」。こう警鐘を鳴らしたのは「プランBの教科書」(集英社インターナショナル)の著者で神戸大学の尾崎弘之教授だ。日本の自動車メーカーで勝ち残るのはいったいどこなのか。

東京オートサロンに登壇したトヨタ自動車の豊田章男社長【写真:ENCOUNT編集部】
東京オートサロンに登壇したトヨタ自動車の豊田章男社長【写真:ENCOUNT編集部】

期待の大きいホンダ・ソニー連合 後手に回る王者トヨタ

 自動車業界は今、大きな過渡期にある。電気自動車(EV)が急速に普及し、ガソリン車が縮小の一途をたどっている。そんな中、日本の自動車メーカーは国際社会のEV化の流れに遅れを取り、新たなガラパゴス化の懸念も高まっている。特にハイブリッド車を打ち出すトヨタに勝算はあるのか。「既にゲームに負けている可能性がある」。こう警鐘を鳴らしたのは「プランBの教科書」(集英社インターナショナル)の著者で神戸大学の尾崎弘之教授だ。日本の自動車メーカーで勝ち残るのはいったいどこなのか。

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 尾崎氏は野村證券、モルガン・スタンレー、ゴールドマン・サックス、スタートアップ企業に勤務経験を持つ企業経営のエキスパートだ。コロナ禍やロシアのウクライナ侵攻など、混迷の時代に、「プランB」の概念を持つことの重要性を訴えている。頭では理解できる「プランB」だが、そもそも「プランA」が失敗するとは想定していない経営者が多く、また失敗したときに責任論とどう向き合えばいいかなど、特に日本企業は「プランB」に移行しづらい現状があると指摘している。

 そんな尾崎氏が将来を憂慮するのが、日本の自動車業界だ。

「今、自動車業界は狭間にいると思います。欧州、中国では国内新車販売のうちEV比率が高くなっています。昨年は欧州が11%、中国が19%でしたが、日本は6%未満に過ぎません」

 昨年、軽EVの「サクラ/eKクロス EV」(日産自動車/三菱自動車工業)が「日本カー・オブ・ザ・イヤー」で大賞を獲得。しかし、日本におけるEVのシェアは最近でも月間で3~4%がやっと。充電施設などのインフラ整備も遅れており、電力不足やエネルギーの高騰もあって、国一丸となって普及という気配はない。中でも大雪に見舞われている日本海側では、EVの性能を疑問視する声も根強く、自動車業界としてEVへの転換に舵を切れていない状況と言える。

 特に尾崎氏はトヨタについて、日産、ホンダとの戦略の違いが顕著との見解を示す。

 日産については、「ルノーと資本提携しているので、ヨーロッパのEVについては完全に日産が進んでいると思います」との見方だ。一方、ホンダの評価も高い。「ソニーと合弁でアメリカでEVを開発すると発表しました。ホンダはアメリカでガソリン車のシェアが高く、多くのディーラーを持っている。ガソリン車ほどでなくてもEVはメンテナンスが必要なので、アメリカのホンダディーラーを拠点に使える。そうは言っても、ホンダはネットワーク・ビジネスが弱いから、その分野で実績があるソニーと組んだ。ホンダにとってEVの自社開発が『プランA』ならば、『プランB』がソニーとの共同開発。両社ともアメリカで極めて知名度が高い会社。なるほど、この手があったかという感じです」と大きく期待を寄せる。

 そしてトヨタだ。4月1日付での電撃交代を発表した豊田章男社長が“本気のEV”を掲げてきたものの、その実態は見えないという。

「豊田社長が『EVを本気で』と公言しても、社員ですら本気にしていないのが実状と思います。未だに同社の『プランB』は見えてこない。今のトヨタはガソリン車とハイブリッド車で世界一のメーカーです。EVに力を入れるのはそれら世界一の座を捨てることを意味するので、このゲームに勝つのは極めて難しい。日本だけがガラパゴス市場になってガソリン車やハイブリッド車がたくさん残ることもあり得ますが、そうするとメーカーごとのEV生産比率を規制するヨーロッパなどに輸出できなくなる。日本でEVを作らなくても、中国やヨーロッパでEV比率を増やせば良いという中途半端なことができなくなります」と、厳しい口調で言い切った。

「プランA」がガソリン車やハイブリッド車の存続を模索することならば、「プランB」はEV時代の到来を見据えた先行策を打つということになる。そこで、王者トヨタが後手に回っているというわけだ。「ホンダの場合はアメリカでソニーと新しいビジネスを試して、その実績やノウハウを引っ提げて日本市場を変えていこうという戦略でしょう。方向性が明確で、ホンダの成功確率は高いと感じます」と、将来的には盟主交代の可能性もあるという。

 各国のメーカーは人材や予算をEVに集中。「GM、フォルクスワーゲン、メルセデスもEV化を打ち出しています。今はEV比率が低いアメリカ市場も含めて変わりつつあります。トヨタは変化を打ち出してないから、『あんまりやる気がないんだろうな』としか社員、ユーザー、投資家も思わない。それが世界一のトヨタの状況だと思います」

神戸大学の尾崎弘之教授【写真:本人提供】
神戸大学の尾崎弘之教授【写真:本人提供】

コダックと富士フイルム、デジタルカメラへの移行で明暗分かれたワケ

「プランB」の戦略がないと、企業はどうなるか。歴史をひも解けば、おのずと答えは見える。

「『プランB』をうまく駆使して成功した企業の例があります。ここで挙げたいのが富士フイルムです」

 今の自動車業界のように、フィルム業界も、大きな変革を迫られた時期があった。フィルムカメラからデジタルカメラへの移行だ。

「富士フイルムはご存知のように銀塩フィルム(写真フィルム)の世界トップクラスのメーカーでしたが、今はほとんどフィルムを作っていません。2000年ぐらいまではフィルム世界一がコダックで、富士フイルムが第2位でした。当時デジカメの性能が良くなって価格が下がってきたので、写真フィルムの衰退は明白でした。このように今から20年以上前、その後の写真フィルムの先行きは見えていたんですけど、そのときに富士フイルムの写真フィルム部門の売り上げは2000億円を越えていました。先行き暗くても2000億円ビジネスを『捨てる』と決めるのは難しいことです。でも同社は捨てる『プランB』を実行しました。人員も写真フィルム部門から大幅に配置転換しました。今では2000億円の売り上げは本当にほぼゼロになりました。人を移してヘルスケアなどに資源投下する『プランB』を実行したので、富士フイルムは今でも優良企業とみなされています」

 一方、コダックはどうなったか。「富士フイルムと対照的だったのははNo.1のコダックです。『そうは言っても大丈夫だろう』という空気が社内にまん延していたのか、本当につぶれてしまいました(2012年に倒産)。コダックの技術力には定評があったから、富士フイルムのような人材の配置転換をやれば、今でも優良企業として存続していたかもしれません。社内で状況を理解している人もたくさんいたと思いますが、プランBを実行したか、しなかったの違いで両者の明暗が分かれました」

EVで足踏みするトヨタが「コダック」になる可能性 「戦略転換はより難しい」

 映像の世界にも格好の例がある。

 米国で隆盛を極めていたDVDレンタル・チェーン「ブロックバスター」の栄枯盛衰だ。Netflixが登場した頃、ブロックバスターも動画配信への進出を検討したが、DVDレンタルの既存利益を放棄できず、2013年に倒産した。

「Netflixが動画配信を始めたときに、ブロックバスターも動画配信をやっていなかったわけではありません。彼らも『プランB』を試していましたが、動画配信のため新たなインフラコストが必要で、当時の通信スピードは今と違って遅いし、サーバーの情報処理能力も低かったから、良いサービスは困難でした。したがって、ブロックバスターは動画配信を本気でやらなかったわけです。同社はレンタル店舗をたくさん抱えて固定費が高かったので、動画配信に移行すれば収支は改善するはずです。ただ、せっかく築いた店舗資産を減らすのはもったいないと考えたのか、動画発信に力を入れることはなく、Netflixの急成長によってブロックバスターのDVDレンタル店舗は世間から必要とされなくなった。結局、この会社もつぶれました」

 コダックと同様、経営陣が判断を読み間違えたというわけ。「Netflixがうまくいってから自分たちも動画配信に移行すればいいとブロックバスターは思っていたのでしょう。ところが気付いた時はすでに遅しでした」

 2022年のグループ世界販売台数が3年連続で世界首位となったトヨタ。しかし、決して安泰ではない空気に包まれているのは多くのメディアや専門家が指摘しているところでもある。

「車産業は写真フィルムや動画配信と比べてすそ野が広くインテグレーションが必要だから、戦略転換はより難しいと思います。車の安全基準は厳しく、ライバルも簡単に新規参入できませんが、状況は良くないでね。トヨタがガソリン車とハイブリッド車の『プランA』から脱却できないのであれば、なかなか怖い状態と言えます。トヨタも、コダックやブロックバスターのようにならないとは誰も言い切れないでしょう」

 日本はかつて携帯電話事業で対応を誤り、端末が国内でしか通用しないガラパゴス化の憂き目にあった。アップルやサムスン電子に世界シェアを奪われ、国際競争に敗れた。

 先人たちの努力で積み上げた石垣があっても、あぐらをかいていれば、崩れるのは一瞬。

 新社長に変わって、トヨタはどんな対策を打ち出すのか。潮流をがらりと変えるための時間はそう多くは残されていない。

□尾崎弘之(おざき・ひろゆき)1960年、福岡市生まれ。東京大学法学部卒業後、野村證券入社。ニューヨーク法人などに勤務。モルガン・スタンレー、ゴールドマン・サックス勤務を経て、2001年にベンチャー業界へ転身。05年より東京工科大学教授。15年より神戸大学科学技術イノベーション研究科教授、同大経営学研究科教授(兼任)。政府で核融合エネルギー委員会委員などを務める。博士(学術)。著書多数。

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