3児の母からAV業界へ 離婚で我が子とも会えず…差別と偏見に翻弄された元女優の壮絶半生
当事者へのヒアリングが行われないまま昨年6月に公布・施行されたAV(アダルトビデオ)出演被害防止・救済法、通称「AV新法」をめぐり、「実態に即していない」「不当に仕事の機会を奪われている」として業界団体を中心に改正を求める活動が行われている。根底にあるのが、セックスワーカーへの職業差別の実態だ。元セクシー女優で、我が子と12年にもわたって引き離されるという壮絶な半生を送った松本亜璃沙さんに、セックスワーカーをめぐる差別と偏見の現実を聞いた。
3人の娘を育てていた33歳のとき、夫の借金返済のためAV業界に
当事者へのヒアリングが行われないまま昨年6月に公布・施行されたAV(アダルトビデオ)出演被害防止・救済法、通称「AV新法」をめぐり、「実態に即していない」「不当に仕事の機会を奪われている」として業界団体を中心に改正を求める活動が行われている。根底にあるのが、セックスワーカーへの職業差別の実態だ。元セクシー女優で、我が子と12年にもわたって引き離されるという壮絶な半生を送った松本亜璃沙さんに、セックスワーカーをめぐる差別と偏見の現実を聞いた。
松本さんがアダルトビデオの世界に入ったのは、9歳、5歳、1歳の3人の娘を育てていた33歳のとき。23歳で結婚し退社するまでは、銀行員として働いていた。職場で同僚の男性と結婚して長女を授かったものの、夫はギャンブルざんまいでワンオペ育児の日々。家庭を顧みない夫に結婚生活の意味を見いだせず、3年ほどで離婚、その後アプローチしてきた美容師の男性と27歳のときに再婚したが、またしても夫のギャンブル癖で借金があることが発覚した。
「2人目の夫との子の次女、三女を出産した頃でした。借金は200万円くらいで、子どもたちの学資保険までつぎ込んでいた。ちょうどローンでマンションを買ったあとで、少しずつ返済してもキリがない。美容師の夫はオーナーと合わないとすぐに職場をやめがちで、あてにできないと思い女性向け高収入求人誌で仕事を探したんです」
松本さん自身もともとアダルトビデオには否定的で、見ている男性や出演者の女性のことは「軽蔑していた」というが、子育ての合間に短時間でできるパートの給料だけでは赤字だった。昼の仕事であり、かつ短時間で高収入が得られるランジェリーモデルを経て、半年間悩んだ末にAVプロダクションに応募。3つの事務所を見比べ、社員の誠実さを感じた事務所で顔出しNGでの出演を決めた。
「顔出しNGとか、表紙にはしないとかいろいろと条件をつけていたので、最初は1本10万円くらい。嫌でしたが、お金のため、借金のためと思い始めました。借金は2か月くらいで返済できましたが、やっぱり生活費の足しになったり、貯蓄に回せることが大きかった。それに何より、みんな作品作りに真剣で、普通の会社と変わらないという一面が見えた。銀行員と比べても立派な仕事、むしろ私の周りの銀行員は銀行のお金で飲んで遊んで浮気してのどうしようもない男ばかりでしたから」
夫には内緒で女優の仕事を続け、“身バレ”したのは出演を始めて約半年後のこと。「続けるなら離婚する」「あなたの給料だけじゃ子どもたちを育てられない」。夫婦間の議論は平行線をたどった。しばらくすると夫は仕事を辞め、出会い系サイトで他の女性と遊ぶように。「もとはといえば夫の借金が原因。私はお金のために働いてるのに……」。松本さんが36歳、娘たちが12歳、8歳、4歳とき、離婚が成立。離婚が決まると、夫は両家の親族や小学6年生だった長女に松本さんの仕事について暴露、松本さんは住んでいたマンションから追い出されることになった。
「マンションのローンは私が支払っていましたが、夫の名義だったので、娘3人を連れて出るつもりでした。下の娘2人は私について来たがりましたが、長女は友達と離れたくないと話し、ひとまず私だけで住む部屋を借りたら、現状の生活環境を基準とする調停で不利になってしまって……。調停員には『旦那さんが子どもの世話をしててえらいじゃないですか。あなたはこんな仕事をしてるのに』とまで言われて……屈辱でした」
仕事について、学校の先生や同級生の親にも隠すことなく明かしている
別居生活が始まると、元夫は子どもたちに「ママは子どもを捨てた女」「ママの話をしたらいじめられるよ」と吹聴。子どもたちとは何年も会えない日々が続いた。家も家族もなくした松本さんは、現実を忘れるために仕事に没頭。現場で一緒になったAV男優のピエール剣氏と3度目の結婚を経て、四女と長男、2人の子をもうける。
「当時、彼には色々と相談に乗ってもらっていて、子どもが欲しいという気持ちを話しました。彼がスピリチュアルカウンセリングにハマったり、いろいろあって離婚しましたが、今では関係は良好で、子どもたちにも会わせています」
ピエール氏との間に授かった2人の子は現在、四女が14歳、長男が10歳。自身の仕事については、学校の先生や同級生の親にも隠すことなく明かしているという。
「ママ友は年代もさまざまですが、色眼鏡で見ることもなく、『働けるのに働かないで生活保護をもらってるような人間よりずっと立派』と言うママ友もいたし、みんないつも私の人生を応援してくれています。親がセクシー女優でいじめられないの? とSNSで聞かれることもありますが、実際問題、うちはいじめられていない。話題になることもありません」
離れ離れになっていた長女とは3年前、三女とは2年前にそれぞれ再会。長女は24歳、三女は19歳で、実に12年ぶりの対面だった。次女とは今もまだ再会を果たせていないという。
「偏見を持つ人がいるのは仕方ない。だからといって、やってる子たちが変に引け目に感じて隠すのではなく、ポリシーを持って発信していくことが大事なのかなと思います。もちろん、中には公表したくないという人もいますし、そこは個人の自由ですが、隠せば隠すほど、やましい、うしろめたい仕事だと思われる。AV仲間にも変な人もいれば心から信頼、尊敬出来る人もいるし、聖職者と呼ばれる人にも罪を犯す人はいます。結局、職種内容ではなくその人自身がどう生きてるかなんだと思います」
性を仕事にすることへの考え方は人それぞれだが、多様な価値観を尊重する寛容な社会の訪れが待たれる。
□松本亜璃沙(まつもと・ありさ)1971年9月23日、東京都出身。2004年、33歳のときセクシー女優としてデビュー。08年に休業、16年に復帰するも17年に引退。現在は恋愛成就セラピスト、文筆業などを手掛ける。