企業に必須の「プランB」、実効力を持たせるにはどうすれば 専門集団「悪魔の代弁者」の作り方
コロナ禍、ウクライナ情勢、原油高、インフレ……次々と迫りくる予想だにしない困難に、企業はどう立ち向かえばいいのか。「『プランA』がうまくいかないという前提=『プランB』を最初から作っておくことが必要」と訴えるのは、「プランBの教科書」(集英社インターナショナル)の著者で神戸大学の尾崎弘之教授(技術ベンチャー経営)だ。実はプランAの作成に比べ、はるかにハードルが高いプランBの実行。進め方や注意点を聞いた。
「プランAがそのままうまく行く」という前提自体が間違い
コロナ禍、ウクライナ情勢、原油高、インフレ……次々と迫りくる予想だにしない困難に、企業はどう立ち向かえばいいのか。「『プランA』がうまくいかないという前提=『プランB』を最初から作っておくことが必要」と訴えるのは、「プランBの教科書」(集英社インターナショナル)の著者で神戸大学の尾崎弘之教授(技術ベンチャー経営)だ。実はプランAの作成に比べ、はるかにハードルが高いプランBの実行。進め方や注意点を聞いた。(取材・文=水沼一夫)
AがダメならBがある。「プランB」自体はよく聞く言葉でも、実際に行動に移したことのある人は少ないのではないだろうか。
尾崎氏は野村證券やモルガン・スタンレー、ゴールドマン・サックスに勤務経験を持つ企業経営のエキスパートだ。「プランB」という言葉を強く意識したのは、冬季五輪種目のカーリング中継を見たことがきっかけで、「試合の解説を聞いていると、よくプランBという言葉が出て来ますが。スローアーが投げたストーンが最初に狙ったのと違うところに行く可能性が高いので、チームは常にプランBを考えているわけですね。これを企業経営に置き換えて考えてみたんです」。
その結果、混迷を極める今の時代こそ、「プランB」が必要だという考えに至った。
「コロナやロシアの侵攻など、これだけ世の中不確定要素が多いと、プランAがそのままうまく行くという前提自体が間違っていると思います。その発想を変えることが必要です」。事前にプランBを準備することが難局打破の切り札になるという。
だが、プランBの概念は分かっていてもなかなか準備することができない。
「必要があればプランBを作りますとみんな言いますが、調べてみると、その通りになっておらず、うまく行かないことが多いです。なぜかというと、まず企業がプランAを作ってやってみようとなった時、そのプランAが失敗することを普通想定していないんですよ。本来はプランAがダメになった時に、速やかにプランBに移行しなければならないけど、失敗を想定していないからそれができない。また、プランAを作った人の責任問題やメンツなどが絡んで動けない。この二つがプランBに移行できない主な理由です」
プランBが実現せずに失敗、または回り道を余儀なくされたといった例は枚挙にいとまがない。
尾崎氏は成田空港を例に挙げた。昭和の時代、政府はキャパ・オーバーになっていた羽田空港(今よりずっと狭かった)から国際空港の機能を成田に移転しようと計画を進めたが、移転先地元の反対などで工事が大幅に遅れた。「そのとき、海の埋立てによって拡張でき、近隣住民の反対が少ない羽田に戻せばよかった、というのがプランBです。ただ、政府はそれやらなかったというか、やれなかったんですよね」。政府にも一度プランA(成田開港)を決めた以上、「政策は継続しなければならない」という原則とメンツがあった。しかし、令和の時代、主要国際線の玄関口は羽田になっており、政府は成田にこだわったプランAから、多くの犠牲を払って結局プランBに移したことになる。
企業の場においても、プランBを妨げる要因はさまざまある。
「心理学で集団思考という現象が指摘されています。皆本当はこのプランAじゃダメだと思っているけど、集団・組織の中にいると、間違っていると思うことでも集団の常識に反対意見を唱えられない。集団思考は末端の人間だけじゃなくて、トップも縛られることが多いんですね。結局、トップ自身も個人的にリスクを取るのが怖いから部下が言っていることに同調することが少なくない。組織の上下ともに、空気を読んで、いろんなものに縛られて、速やかに動けないんです」
まっとうな判断能力を失った企業は次第に業績が悪化し、やがて底に穴が開いた船のように沈没していく。そうならないためのプランBということだが、実行するためにはどうすればいいのか。
尾崎氏は「そこで提示しているのが、『悪魔の代弁者』という仕組みです」と指摘した。
ここぞというときに頼りになる“スペシャリスト集団”の作り方
ローマカトリック教会の伝統的な仕組みで、選ばれた聖職者の“身辺調査”を行うチームの名称だ。聖職者にふさわしい人物かどうかを徹底的に調べ上げ、問題があれば教会側に進言する役割を担ってきた。「悪魔の代弁者は選任委員会が決めた結論に対して、徹底的にあら探しをする。プランA自体が正しくないかもしれない、という前提であら探しをする機能です」。近代では米軍の「レッドチーム」が同様の目的を持った組織だと尾崎氏は付け加えた。
両者の共通点は、対象となる組織と一定の距離を置き、一切の忖度や同調圧力に惑わされることなく、プランAが上手く進んでいるかモニターすることだ。問題を確認したときに、すみやかにプランBに移行させるようトップに進言する役割を持つチームである。「なぜプランAがダメでプランBにいかなきゃいけないのか、という情報収集、提言をする仕組みがレッドチームです」
日本企業にとっては、あまりなじみがないかもしれないが、ここぞというときに頼りになるスペシャリストの集団だ。そのメンバーの資質は、「集団思考に染まらず、多少アウトロー的な雰囲気がなければならない。しかし、完全なアウトロー扱いだと任命された人がやる気をなくすので、キャリアパスとして出世コースに組み込むなどの配慮が必要。変わり者ばかり集めてレッドチームを吹きだまりにすると、『あそこに命令されたくない、あれこれ言われたくない』と周囲に思われてしまう。そういう存在にしちゃうと絶対失敗するわけです」と力を込めた。
調査能力に優れるだけでなく、将来、会社の屋台骨を支える可能性のある実力ある社員を起用する。
「ソフトウェアの業界にはデバッグ(動作確認)チームがあります。販売前、販売後ともにデバッグをやらないと製品として成り立たないので重要な機能ですが、自分はデバッグ専任でやりたいと思うエンジニアは少ないです。大抵の人はバグを探すのでなく、もの作りをしたいですから。しかし、ソフト製品が複雑化すると、自分でものを作れる能力がないとデバッグはできません。だからデバッグは左遷ポストじゃなくて、エースもそこを経験するとプラスになるはずです。レッドチームとデバッグの共通点だと思います」
さらに、レッドチームは社長などトップ直属に置くことが条件だという。「前向きにあら探ししている人を孤立させちゃいけないです。だから組織の壁に仕事が邪魔されないよう、トップ直轄じゃないとダメです」。会社組織にいながら、ときには社内の人と敵対するほどの独立した力を持たなければならない。「日本の企業でもこういった機能を導入することは十分に可能」と、尾崎氏は訴える。なお、コンサルタントは、「純粋な内部者になれないし、自社との利益相反が起きる」とのことで、レッドチームとは異なるとの主張だ。
企業は大きな岐路に立たされたとき、背負っているものが重いほど、決断を躊ちょするもの。動きが遅いばかりに、ビジネスの好機や反転攻勢を逸するようなことは避けたいところだ。プランBの導入にあたっては意思決定のスピードも重要視される。
「2020年代というのは、さまざまな予測が当たるかどうか分からない非常に難しい状況になったと思います。プランAの成功にこだわるのでなく、あらかじめプランBを準備するのは当たり前です。前例踏襲の予定調和では企業は生きられない時代です。そういうことを認識するべきです」
プランBのプロセスを築くことは、日ごろの業務の安定にもつながる。
「プランBを準備しておけば、予定外のことが起きても動揺しないで済みます。プランAを作ったから大丈夫と思っていると、ダメになったときすごく動揺するし、判断も誤ると思います。何ごとも選択肢を用意しておくと適切に対応できる。これは組織だけでなく、個人の人生や仕事にも当てはまるんじゃないでしょうか」と尾崎氏は結んだ。
□尾崎弘之(おざき・ひろゆき)1960年、福岡市生まれ。東京大学法学部卒業後、野村證券入社。ニューヨーク法人などに勤務。モルガン・スタンレー、ゴールドマン・サックス勤務を経て、2001年にベンチャー業界へ転身。05年より東京工科大学教授。15年より神戸大学科学技術イノベーション研究科教授、同大経営学研究科教授(兼任)。政府で核融合エネルギー委員会委員などを務める。博士(学術)。著書多数。