「怖い」「気持ち悪い」客の反応が自信に 「猫のダヤン」が40周年 作者に聞く誕生秘話
2023年は「猫のダヤン」が誕生して40周年の節目の年だ。6月には東京・松屋銀座で展覧会「猫のダヤン40周年 池田あきこ原画展―ダヤンの不思議な旅―」も予定されている。特徴的な“目”と200種類に及ぶユニークなキャラクターは全国にファンを持つ。生みの親で、絵本作家・池田あきこさんにダヤン40周年の思いを聞いた。
特徴的なダヤンの目 斜視に込められた作者の意図は?
2023年は「猫のダヤン」が誕生して40周年の節目の年だ。6月には東京・松屋銀座で展覧会「猫のダヤン40周年 池田あきこ原画展―ダヤンの不思議な旅―」も予定されている。特徴的な“目”と200種類に及ぶユニークなキャラクターは全国にファンを持つ。生みの親で、絵本作家・池田あきこさんにダヤン40周年の思いを聞いた。(取材・文=水沼一夫)
ダヤンが誕生したのは1983年。会社員を辞めた池田さんは、母が革の教室を運営していたこともあり、革や雑貨のクリエーターになった。最初は作品を路上で売り、その後、東京・自由が丘に店舗を構えた。その開店に合わせて、店のシンボルとして描いたのがダヤンだった。名前は家で飼っていた猫から取った。
猫やうさぎの形に背板を切ったいすの表にダヤンやマーシィを描いたり、包装紙にプリントしたりと看板猫的な存在だった。
「包装紙のダヤンが人気でね。そのうちに私はポスターを作ろうと、すごく大きい絵を描いたのね。店の中にバンバンと貼って、私は店番しながら仕事していたからお客様の声が聞こえるの。ポスターを見て、かわいいと言う人もいたけど、怖いとか気持ち悪い、冷たいとか言う。でも、とにかくみんな何かは言うくらいインパクトがあったのね。強かったのよ、この猫が」
良くも悪くも目立つ存在。池田さんは「そうだ、この猫を主人公に不思議な国の絵本を描こう」と思い立った。
1年後には新宿の小田急百貨店のモザイク通りに出店した。「小田急が自由が丘のお店に来て、『この店は面白いから小田急ミロードのモザイク坂に出店しないか』と声をかけてくれて、それで出店したわけですよ。そしたら3坪なのに、ものすごく売れたの。あれがあったからこそ、うちはメーカーとしてやってこれたのかもね」。小田急と京王百貨店の間の一等地。計10店舗あり、小田急は小さな規模のメーカーを入れていく方針だったという。大勢の人の目に触れることで、さらに注目が集まった。「ダヤンは好きな人と嫌いな人がものすごく分かれた。この頃のダヤンは怖い顔をしてたから。だけど、大勢人がいれば売れるのよ。あんなちっちゃいところで、あそこの10店舗の中で割と常にトップでした」
大きくジャンプした「猫のダヤン」はその後も絵本を中心に長く愛され続けている。
絵本は子ども向けではなく、大人向け。ダヤンの住む仮想世界「わちふぃーるど」にはさまざまな動物や人間が登場し、その数は200を超える。「自由が丘に店を作ったときにダヤンとマーシィとイワンは包装紙にいましたし、羊のマープル・マフ、あとジタンもいすになっていました」。ダヤンとともに物語を盛り上げる主要キャラクターも“40周年”だ。
左右非対称の斜視。異彩を放つダヤンの目はどのように生まれたのだろうか。
池田さんは「猫はフッとこう別のところを見ることがあるので、それを表すのにどこを見ているか分からない目というのが猫の本質かなと。そんなに深く考えずに、もう包装紙は明日決めるよという前の日に鉛筆でダヤンを描いたんですけど、でも、自然とこの目になったわけです」と語る。
「ダヤンは怖い」 否定的意見を歓迎した理由
笑顔がなく、“笑わない猫”と呼ばれたことも。賛否両論は現在も続いている。「今でもアンケートを取ったら、ダヤンは怖いとか気持ち悪いとかそこそこ多いわけ」。それでも池田さんの信念は揺るがない。
「嫌いな人がいるということは特に私は一番最初の頃はもう全然悪くないと思っていました。全員が好きなわけないじゃんって思ったし、嫌いな人がいるぐらいじゃないと強くないって思っていたから。だから否定的な意見があるのは非常に面白いと、これは面白い猫だと。不思議な国の主人公にはもうぴったりだと思ったのです」
関係者からは、人気を高めるためダヤンの目の変更を要望する声もあった。
「市場調査したときに一番議論というか、これがちょっと…みたいに言われるのはやっぱり目で、万人受けするためには目を変えたらみたいなことを言われたけど、目は変えないから(万人に)受けなくて大丈夫です、みたいな感じでお話しました」(「わちふぃーるど」の池田舞子社長)
猫に限らず、近年は丸みを帯びた形のかわいらしいキャラクターが人気を集める。池田さんも「猫のキャラクターはゆるいのが多い。そういうのが好かれる。すみっコぐらし的なものとか」と感じている。独自路線を貫くダヤンだが、時代の変化に合わせて、少しずつ、表情は柔らかくなってもいる。
LINEスタンプではゲラゲラと笑い、6月の展覧会では、しゃべる肖像画も登場する予定だ。「決して笑わない猫ではないの。今はもうめちゃくちゃ笑っているよ。今のダヤンって割とかわいいんだよね。だんだんかわいくなる」とも。
それでも、両目が同じ方向を向くことはない。「無理して売れるように描いているという気は全くないですよね。ただ、周囲の意見も理解はできるし、聞く耳は持っていますので、今回の展覧会ではユーモラスで柔らかい表情のダヤンも登場します」と話す。
画集や小説も含めて、ダヤンのさまざまな表情、姿を描いているうちに、池田さん自身気づくことがあった。
「ダヤンというのが自分でも分かってきたんだよね。ある時期までは『ダヤンの性格って何ですか?』と言われても、性格というのは一概に言えないからとか言ってたんだけれども、コミックにするとすごく性格がはっきりして。あとは小説ね。それで、ダヤンという猫の多面性がすごく分かってきたの」
40周年、展覧会のテーマは「旅」と「パステル回帰」
ダヤンの誕生日は7月7日。銀座松屋を皮切りに、展覧会を全国に展開する。テーマは「旅」と「パステル回帰」とした。「旅はわちふぃーるどの物語とかダヤンの絵本とか全編を通じての大きなキーワードなんですね」との言葉通り、自身も旅が大好き。これまで約30か国を訪れている。スケッチブックと画材を携帯し、気に入った景色に出くわすと、その場で筆を取る。「私は美術の学校に行ってないからスケッチの旅が私の修業の場なんですよ」。わちふぃーるどの世界観に新たな息吹を吹き込んでいる。
パステル回帰は、池田さんの原点回帰を意味する。パソコンを使ってデジタルで仕上げるクリエーターが多い中、池田さんは画材のパステルを使い続けている。かつては品ぞろえも豊富だったが、最近はなかなか売っていない。キャンバスに色の粉を塗りつけ、指で伸ばす。「筆よりさらに対象の紙に近いから指のあんばいっていうものを出せる」と、感覚を大事にしている。「全部指でやるっていうところがなかなか今の時代に逆行していて、むしろいいんじゃないかなと思って。私が最初に描き始めたのもパステルだったので、もう1回目を向けて極めてみようと思っているわけです」とほほ笑んだ。
駆け抜けた40年。どんな思いが去来するのか。
「完全なキッズ、子どもに向けてという絵本ならいいのでしょうけど、大人向けの絵本はちょっと衰退気味。この40年、そういうふうな文化的なゆとりみたいなのが割となくなって、それはもうひとえに携帯とネットというものが、ここまで人の暮らしの中に入り込んできたからだと思うんですね。みんな趣味とか新しい刺激みたいなものも、ほとんどその中で得ているという時代になっちゃって、大変な時代ですけれども、それでも40年、自分はわちふぃーるどという世界を広げ続けてきた。それは一つの区切りとしてうれしいこと。この後の10年、20年というのが大変だと思うんですけれども、40年続けてこれたというのはよかったな、みんなにありがとうという気持ちですね」
40周年を機に、新たなキャラクターも増えるかもしれない。作品作りで大切にしているのは、ダヤンの世界観を守りつつも、常に新しいものに挑戦することだ。
「わちふぃーるどという中からはあんまり離れずに、それでも新しいものを作っていきたい。自分が面白いと思えるような形のものをね。進化をしていきたいと思ってます」。展覧会に向け、エネルギッシュに作品を描き続けている池田さん。どんな40周年になるのか、楽しみだ。
□池田あきこ(いけだ・あきこ)本名・池田晶子。1950年、東京都出身。高校生のときに造語「わちふぃーるど」を発案。自身のクリエーター名などに使用する。会社員を経験後、革職人に転身。その後立ち上げたメーカー名も「わちふぃーるど」に。83年、自由が丘に出店した際、シンボルとして「猫のダヤン」を描く。「わちふぃーるど」はダヤンの住む不思議な世界となり、87年より絵本を描き始める。「猫のダヤン40周年 池田あきこ原画展―ダヤンの不思議な旅―」は6月28日~7月10日、銀座松屋にて開催予定。