トランスジェンダーとスポーツ、当事者が語る線引き 「何でも『認めて!』は違う」
近年、身体的な性と内面の性が一致しないトランスジェンダーの人々がスポーツ界にも進出、女子競技の記録が男性から性転換したトランス女性に塗り替えられるなど、大きな議論を呼んでいる。多様な性の在り方と男女の性差という問題に、どう折り合いをつけていくべきなのか。元高校球児で、現在はトランス女性として女子プロレスに挑戦するエチカ・ミヤビさんに、トランスジェンダーとスポーツをめぐる問題を聞いた。
性自認に悩み、思春期時代はあえて男らしく振る舞うことを選択
近年、身体的な性と内面の性が一致しないトランスジェンダーの人々がスポーツ界にも進出、女子競技の記録が男性から性転換したトランス女性に塗り替えられるなど、大きな議論を呼んでいる。多様な性の在り方と男女の性差という問題に、どう折り合いをつけていくべきなのか。元高校球児で、現在はトランス女性として女子プロレスに挑戦するエチカ・ミヤビさんに、トランスジェンダーとスポーツをめぐる問題を聞いた。(取材・文=佐藤佑輔)
エチカさんの場合、自身の性に対する違和感は物心ついたときにはすでにあったという。「いつからって聞かれても分からない、小学校に入る前から女の子の服を着たかったし、仮面ライダーよりはディズニーが好きで、自然と女の子の友達と一緒に遊んでました」。小学校に通い始めてもなかなか男友達となじめず、悩んだエチカさんは一転、野球部に入り、あえて男らしく振る舞うことを選んだ。
「野球部で坊主頭で、結構男らしかったと思いますよ。女になりたい男って、当時はテレビの中のオネエタレントしかいなくて、私は人からいじられて笑われる存在になりたいわけじゃなかった。それなら男性として生きた方が楽、男として生きるうちに女になりたい気持ちが消えるんじゃないかと思ってましたが、結局そんなことはなかったですね。性自認を治す薬だと思って、女の子とつきあったこともありましたけど、ただただその子を傷つけてしまっただけでした」
高校では途中から柔道部に転身、大学では男子寮での生活も経験したが、やはり違和感に絶えられず1年で退寮。その後大学を休学し、半年間短期留学したオーストラリアで自由で解放的な空気に触れたことが、女性として生きていく決心をする大きな転機になったという。
「男性として留学したんですが、向こうの寮は大学でも男女一緒。『もう大人なんだから好きにやんなよ』という感じで、ゲイの友人もできたり、いろんなバックボーンの人たちに触れて世界が広がった感覚があった。コロナ禍で帰国して、人と会う時間がなくなったことも、自分を見つめ直すいい機会になったと思います」
保護者の同意が不要となる20歳を迎え、今年性器の一部を摘出する手術を実施。一回の手術では高額となるため全摘は断念したが、2~3年以内には残りの箇所も摘出するつもりだ。
「うち、片親なんですよ。帰国してから親にも言わず、会ったときにはこんな感じになっちゃってて。驚いてましたけど、母は笑ってくれました。救われましたね」
帰国後はニューハーフとして飲食店でホステスをしていたが、コロナ禍で営業停止を余儀なくされ、「筋肉女子」がコンセプトのガールズバーに応募。面接でニューハーフと明かしながらも採用されると、同僚で女子プロレスラーのちゃんよた選手から体格を買われてプロレス界へとスカウトされる。
「それまでプロレスに関心はなかったんですが、生で試合を見て練習に参加したらハマってしまって、とんとん拍子でデビューが決まりました。思えば、女の子になりたい一心で性転換したものの、そのあとどうやって生きていくのかは何も考えていなかった。望んだ性になれても、ずっと水商売で食べていけるわけじゃなく、アルバイトやパートで生活していく人生が本当に幸せなのかと悩んでいたときにお誘いがあって……。タイミングもよかったと思います」
デビューには「男が女子プロレスに出ていいのか」という批判の声も寄せられた
リングでの二つ名は「進撃の超新星」。トランス女性という事実は、「後からいろいろ言われるよりは」とデビュー前の段階での公表を決めた。周囲からは温かい声援が送られた一方で、「男が女子プロレスに出ていいのか」「プロレス界にとって由々しき問題」という批判の声も多数寄せられたという。
「『元男性が女性の試合に出ていいの?』という疑問は当たり前の反応。そこの議論は必要なことだと思うし、ホルモン値がどうとか、オリンピックではどうだという建設的な意見は大歓迎です。ただ、プロレスを飛び越えて、こういうやつがいるから女性の権利が奪われるとか、社会が壊れるとか、そういう政治的な批判は別の話。もっとひどいのは容姿に関する誹謗(ひぼう)中傷ですね。ブスとか男じゃんとか、キモイ、抱けないとか。私は性を売り物にしているわけでも、お前に抱かれるために女性になったわけでもないのに、なぜそんなことを言われなきゃならないのかと」
容姿に対する誹謗中傷は言語道断だが、一方で、トランス女性が女子競技に進出し、これまでの女子記録が塗り替えられるという事態が起きているのも事実だ。トランスジェンダーと男女別の競技はどう折り合いをつけていくべきなのか。
「結論からいうと、私は『議論する必要があると思う』という玉虫色の回答しかできません。認めてほしいという当事者の気持ちも分かる一方、女性の記録が男性に塗り替えられるのはおかしいとも思う。こう言ってしまっては身もふたもないですが、プロレスは競技性よりも興行の要素が強い世界。ファンによって成り立っている世界なので、プロレスを観ない人がいくら『おかしい!』といっても、お客さんがパフォーマンスに納得してお金を払っているのであれば、外からとやかく言われる筋合いはないと私は思います。
一方で、数字で成り立っている世界はやっぱり難しいとも思う。私は元高校球児ですが、仮に私が『女子プロ野球に挑戦します!』と言ったら、きっともっと反発は大きいですし、それはやっぱり認められないと思う。私たちは一般の男性、女性が暮らすの社会に参加させていただいているだけ。何でもかんでも権利を主張して、『私を認めて!』というのは違うと思います」
手術で望んだ性を手にしても、その後の生き方に悩むトランスジェンダーも多い。エチカさんの場合、リングの上が自分が輝ける大切な居場所のひとつだ。
「スポットライトが当たるリングの上って、やっぱり気持ちがいいんですよ。女性としての自分を表現できる場所、輝いている自分の姿を認めてもらえるステージがリングだと思ってる。ゆくゆくはジムを構えたりしたいという目標もありますけど、当面はプロレスで大成して、いつか本場アメリカでデビューしたいですね」
多様な性をめぐる議論が過渡期を迎える今、当事者たちもそれぞれの生き方を模索している。
□エチカ・ミヤビ 2001年3月25日、神奈川県出身。小学校5年生のときソフトボールを始め、中学では軟式野球部に所属。高校では硬式野球部で最速136キロを記録。柔道2段。20歳のとき、性器の一部を摘出する手術を受ける。今年9月14日、プロレス団体「P.P.P. TOKYO」からデビュー。178センチ、70キロ。戦績は5戦5敗。