津田寛治、異色映画で監督3人から役作り全否定 主演の香川照之からのアドバイスとは

香川照之(56)が主演する映画「宮松と山下」(18日公開)は、監督が3人の異色作だ。本作で物語のキーパーソンを演じるのは、インディーズからメジャーまで幅広く出演する津田寛治(57)。俳優生活30年のベテランも、監督3人は初体験。果たしてどんな体験だったのか? その演技論も明かしてくれた。

映画「宮松と山下」で主演を務める津田寛治【写真:ENCOUNT編集部】
映画「宮松と山下」で主演を務める津田寛治【写真:ENCOUNT編集部】

映画「宮松と山下」でキーパーソン

 香川照之(56)が主演する映画「宮松と山下」(18日公開)は、監督が3人の異色作だ。本作で物語のキーパーソンを演じるのは、インディーズからメジャーまで幅広く出演する津田寛治(57)。俳優生活30年のベテランも、監督3人は初体験。果たしてどんな体験だったのか? その演技論も明かしてくれた。(取材・文=平辻哲也)

 本作は、記憶をなくしたエキストラ専門の俳優、宮松(香川)が主人公。自分が何者かを覚えていない彼は、「自分ではない誰か」を演じるために小さな役を演じ続けているが、ある日、宮松の正体を知っている男(尾美としのり)が訪ねてきて……。

「監督が3人には、ビックリしました。2人っていうのは聞くし、経験もあるんですが、3人は初めて。これでは、決まることも決まらなくて、現場は大変なのかと思っていました。それで衣装合わせにいったら、すごく時間かかったんですね。やっぱり、3人は大変なんだなと思っていたら、現場は思った以上にスムーズでした」と明かす。

 3人の監督は、東京藝術大学名誉教授・佐藤雅彦、NHKでドラマ演出を行ってきた関友太郎、多岐にわたりメディアデザインを手掛ける平瀬謙太朗。新しい映画と製作スタイルを目指そうとトリオを組み、「5月(ごがつ)」と名乗った。

「佐藤さんが教授で、その教え子が平瀬さんと関さん。その関係もあって、いつも笑顔。静かにニコニコしながらお互いを尊重し合いながら、お話し合いをして、静かに事が決まっていく。その指示に従って、僕たちが演じるわけです。ほど良い緊張感がありつつ、大学の研究室のような現場で、結果的にはやりにくくなかった」

 津田が演じたのは、宮松の妹・藍(中越典子)の夫・健一郎。宮松を受け入れるやさしさも見せつつ、どこか腹に一物を持っているミステリアスな人物だ。

「脚本を読んで思ったのは、めちゃくちゃいい旦那さん、ということでした。妻思いで、妻のお兄さんを実の兄のように接するんだと思っていました。でも、監督からは全否定されました(笑)。この年齢になると、監督から、あまり言われないものですが、珍しいですね。監督たちは、今までにない映画を作りたいという思いがすごく強かったんだと思います。香川さんにも相談したんですが、『いっぺん監督の言う通りやってみようよ』というので、僕も頷きました」と振り返る。

 監督たちの演出は「明らかに怪しくやってほしい」というもの。「最初は、『元も子もないな』という気持ちではありましたが、完成したものを見たら納得しました。監督は、映画のトータルした空気感を大事にしていたんですね。僕の役1人が怪しいだけではなく、全員が怪しかった。そんなテーストを大事にしていたんです」。

 津田は1993年に北野武監督の「ソナチネ」でデビュー。映画を中心に活躍し、メジャー作品だけではなく、インディーズ作品にも多数出演。映画祭にもよく顔を出している。「仮面ライダー THE FIRST」といった特撮からシリアスドラマ、ホラー、SFなど幅広いフィルモグラフィーを持つ。どんな風に作品選びをしているのか。

「基本は話を頂いた順ですよね。50半ば過ぎて、スケジュールが合わなくて、お断りすることも顕著に増えてきました。最近では、どんな作品でも空いていれば、どんな作品でもやろう、例え、脚本がダメでも現場を見ないと、分からないという考えが強いんです。今は激変の時代。小学生から『津田さんに出てもらいたい、スマホで撮る』と言われても、スケジュールが空いていれば、やると思うんですよ」。

 その境地に至ったきっかけは何か。

「自分のやりたい芝居が見えてきたんですよ。まだ、そこには到達してないんですが、その目標に向かっていけばいい。多分、監督さんから細かいことを言われなくなったというのも大きいし、映画では『山中静夫氏の尊厳死』がきっかけになりました」

俳優として30年、「この仕事で生活ができて、幸せ」としみじみと語った【写真:ENCOUNT編集部】
俳優として30年、「この仕事で生活ができて、幸せ」としみじみと語った【写真:ENCOUNT編集部】

「いろんな道もあったかなと思いますけど、俳優をやってよかったと思っています」

 この作品は信州を舞台に、末期がん患者(中村梅雀)と、彼を見守る医師の姿を描いた人間ドラマ。この演技で、中村とともに第30回日本映画批評家賞主演男優賞を受賞した。

「監督の村橋明郎さんはひたすら役者の芝居を見詰める方でした。だからといって演出をしてないわけではない。そこがすごいところ。役者を信頼してくれるんです。梅雀さんのお芝居があまりにもすごかったので、自然と心が動き、主治医の気持ちとシンクロしていったんです。自分の中では芝居をしている感覚がほぼなかった。この映画は梅雀さんが前面に出ればいい、俺は本当に寄り添うだけでいいんだと思って、完成品を見たら、自分の芝居がすごく良かった」。

 津田の出世作の一つに中居正広と共演した「模倣犯」(森田芳光監督)もある。こちらはスポーツ紙の映画記者が選ぶ「ブルーリボン賞」助演男優賞を受賞している。

「監督は音符のようにセリフをつけてくれたんです。その通りにやったんですけども、自分の芝居がこれでいいのかすごく自信がなかった。それが賞をいただいて、びっくりしたんですよね。自分がこれだと思ったことをやればいいわけじゃないんだと思ってしまった。もちろん、お客さんを喜ばせる芝居も大事なことなんですが、やりたい芝居とどんどん乖離していく感じもしたんです」。

 その後は、俳優としての引き出しの数は増えたが、迷いも。しかし、「だからこそ俳優は面白い」と力を込める。

「俳優さんの中には、『現場に行くのは朝早いし、なんで、こんな仕事やってんだ』という方もいらっしゃるんですけど、ルーティンになっちゃっているんだろうな。現場はルーティンではないんです。現場には人生で一度きりしかないチャンスをつかもうとする若者もいれば、僕みたいにルーティンから抜け出そうとしている人もいる。毎日が奇跡の連続だと思うんですよ」。

 その津田の思いは、この映画の成り立ち、本作でのメッセージにも通じるものがあるようだ。今、俳優30年を迎えたが、やめようと思ったことはないのか。

「絵が好きだから、画家や漫画家とか看板書きとかいろんな道もあったかなと思いますけど、俳優をやってよかったと思っています。僕は部屋にずっといるのが苦手で、建築現場でも工事現場でもいいんですが、外で仕事するのがすごく好きなんです。いろんな土地に行って、明日は大工さん、漁師といろんな職業の人間を演じられる。常に初めての経験、常に1年生でいられるので、この仕事で生活ができて、幸せだとは思います」。主役から脇役までこなす名優はさらなる高みを目指している。

□津田寛治(つだ・かんじ)1965年8月27日、福井県出身。「ソナチネ」(93/北野武監督)で映画デビュー。以降、数多くの映画やテレビドラマ、舞台、声優、監督、脚本家など幅広い分野で活躍。「山中静夫氏の尊厳死」(19/村橋明郎監督)で第30回日本映画批評家大賞主演男優賞受賞。近年の主な出演作は「ONODA 一万夜を越えて」(21/アルチュール・アラリ監督)、「西成ゴローの四億円」(22/上西雄大監督)、「ニワトリ☆フェニックス」(22/かなた狼監督)、ROMAN PORNO NOW第1弾「手」(22/松居大悟監督)など。「おしょりん」(23/児玉宜久監督)の公開が控えている。

ヘアメイク:黒木翔
スタイリスト:三原千春

トップページに戻る

あなたの“気になる”を教えてください