【電波生活】「情熱大陸」が出来るまで 最長2年半の取材を24分間に凝縮、番組Pが明かす舞台裏の情熱
注目番組や人気番組の舞台裏を探る企画。今回はMBS制作のTBS系「情熱大陸」(日曜午後11時)。1998年4月に放送がスタートして今年25年目となる。芸能人をはじめとする著名人から街の人気店店主などの一般人まで幅広い分野の人物に密着するドキュメンタリー。出演者はどう選ばれ、本音をどうやって引き出しているのか。舞台裏の努力、こだわりをプロデューサーの中村卓也氏、沖倫太朗氏に聞いた。
番組P「『情熱大陸』の情熱はディレクターの情熱でもある」
注目番組や人気番組の舞台裏を探る企画。今回はMBS制作のTBS系「情熱大陸」(日曜午後11時)。1998年4月に放送がスタートして今年25年目となる。芸能人をはじめとする著名人から街の人気店店主などの一般人まで幅広い分野の人物に密着するドキュメンタリー。出演者はどう選ばれ、本音をどうやって引き出しているのか。舞台裏の努力、こだわりをプロデューサーの中村卓也氏、沖倫太朗氏に聞いた。(取材・文=中野由喜)
中村氏は出演者選びの基準を「世の中の人が見たいであろう人と、我々が世の中の人に見てほしい人」と説明した。続けて「前者は時の人や話題の人。実は今年の顔50人を隠れたテーマとして持ち、今年の注目の顔となる人を選びたいという意識があります。後者は番組としてこういう人を今こそ見てほしいという番組からのメッセージ。ここ3年はコロナ禍で困難に立ち向かいながらも奮闘する人たちを意識的に取り上げてきました」。
コロナ禍で取材が難しい状態になった。海外ロケは基本ゼロ。都道府県をまたぐ取材もできない時期も。
中村氏は「取材を受ける側もこんな時期に困るという方が増え、予定されていたスポーツ大会や音楽イベントや舞台などが延期や中止されることが頻繁に起きました。密着ドキュメンタリーなのに密着はだめという時代。正直つらかったです。ならばと、コロナ禍の今こそ医療関係者やウイルスの研究者らの頑張る姿をと積極的に取材を続けてきました」。
研究者の例は分かるが、この人を見てほしいという人をどうやって探しているのか。
中村氏は「基本的にはいろんな業界の方と話すことです。もちろん雑誌やネットなどから情報を吸い上げたりもします。あと自薦も結構あるんです。私を取り上げてもらえませんかと。多くはドキュメンタリー制作会社からのものですが、自薦を含めて毎月100企画以上の提案が届いています」と明かした。
出演者の本音をどうやって引き出すかも気になる。
中村氏は自身の経験とした上で「この番組は長期間取材が可能です。人にもよりますが平均3か月、長ければ1年という場合も。あるディレクターは2年半も取材しました。時間が大きな味方にはなっています。ただ時間をかけたら信頼関係が築けるわけでもありません。世界中の誰よりこの人を知っているぞという自負を持てるくらいに毎日、対象者のことを調べ、考えることが大切です。そんな姿勢が信頼につながり、相手に本音を語ってもらえるのだと思います」。
中村氏は意外な舞台裏の様子も紹介してくれた。「ディレクターが取材している時、ずっと質問していると思われがちですが、実は、そばで黙って見つめていることが多かったりします。それが自然になれば取材がうまくいっている一つの目安。取材相手には取材するディレクターは異物です。異物感が減ってきたらこっちのものです。質問しなくても相手から驚くような話をしてくれることもあります」。
沖氏は取材する側の情熱も大事と話す。「『情熱大陸』は人の人生や人生観を丸ごと紹介する番組。なので、人生に丸ごと向き合う覚悟を我々も問われています。実は番組のスタッフロールの最初に、出演者ではなく演出(取材したディレクター)の名前が出てきます。『情熱大陸』はディレクターも1人の主役という考え方。『情熱大陸』の情熱はディレクターの情熱でもあると思っています。そこがオリジナリティー。取材の手法は人それぞれですが、本質的にパッションが求められていると思います」
来年放送25年、愛されてきた要因は?
来年放送25周年。長く番組が愛されてきた要因を作り手の側はどう考えているのか。
中村氏は「番組で取り上げるのは、世の中で注目されている俳優やトップアスリート、市井の職人さんなどさまざまですが、等しく発する言葉に力があります。その言葉の一つ一つが多くの人の人生観や生き方に響いているのだと思います。あと何と言っても、窪田等さんのナレーションと葉加瀬太郎さんの曲。あの心地よさは他の番組にない魅力です」。
もう一つある。「立派な方を素晴らしい面だけで描こうとはしていません。自然と漏らすため息や仲間だけに見せるふざけた顔など、人間誰しもが日常の中で行っている言動を拾い取ることを心掛けています。テレビで見るスターも実は自宅では自分と同じゲームに熱中していたりすると、一気に親近感が湧いたりするもので、テレビに映る人と視聴者が一気に近づける接着剤になります。あとは日曜の23時という時間帯も番組にとっては重要です。明日から仕事だという憂鬱(ゆううつ)になりがちな時間に挑戦という前向きなメッセージを発信し続けてきたことが長く愛される理由の一つだと考えています」。
ここで新型コロナウイルス以外にも舞台裏の苦労を聞いてみた。テレビならではの苦労もある。
中村氏は「この番組は長期間取材するので素材量が多いんです。実質約24分の放送枠に100時間を超えることもしばしば。私がディレクター時代には180時間撮影したこともありました。この膨大な素材を24分にするのですが、編集作業の後半はもはや乾いた雑巾を絞り切って1滴も出ない感覚です。事実ほぼほぼカットの状況です。だからこそ濃密なシーンを放送できると思っています。ただ自分の目線に偏り過ぎていないかを自問自答しながら進めていかないといけません」。
中村氏は「あえて言うと」と、偏りのない目線にもつながる大変な舞台裏を紹介した。「番組には多くの場合編集マンが加わり全ての素材を1から見ていきます。編集マンとディレクターがこのシーンを使いましょう、カットしましょうと、放送の3週間ぐらい前から夜もほとんど眠らずに毎日、編集作業を続けています。裏には相当の苦労があります」。
沖氏も大変な舞台裏を紹介。「想定外のことやオフのシーンをむしろ狙っているのでカメラのスイッチを切れません。何が起こるか分からないので延々と回し続けないとなりません」。
来年の春は1998年の放送開始から丸25年の節目。沖氏は「コロナ禍の出口が見えてきた中で、徐々に密着取材の『密度』を元に戻していきたいです。また、以前のように世界に挑戦する日本人や海外で活躍する人物も意識的に取り上げていきます。取材の深さとスケールをもう一度拡大すると同時に、新しい企みにも取り組んでいきます。長寿番組になりつつあるが故に、変わり続けないといけないと思っています。ありがたいことに、取材を受けてくださった方が出演後、『情熱大陸』に取り上げられたことで『人生が変わった』とおっしゃることがあります。見てくださる人の人生も変わるような番組になればと思います」と語った。
13日はビキニフィットネス選手の安井友梨さん(38)を取り上げる。今年、日本の大会で前人未到の7連覇を達成。その後、韓国で開催された世界選手権に挑んだ。仕事と両立させながら競技に人生をかける彼女の、ストイックな日々を放送予定という。