小田急新宿店、帝国劇場など「戦後のレトロビル」続々建て替え 歴史的価値惜しむ声も

慣れ親しんだ、ちょっとレトロな都心のビルが建て替えられていく。主に1960年代に建てられ、街のランドマークにもなってきた建築物の再開発が相次ぎ役目を終えていくが、それらの歴史的価値を重視し建て替えを惜しむ声を取材した。

新宿西口のランドマークだった小田急百貨店新宿店。解体が決まっている【写真:ENCOUNT編集部】
新宿西口のランドマークだった小田急百貨店新宿店。解体が決まっている【写真:ENCOUNT編集部】

主に1960年代に建てられた建築物の再開発が相次ぐ

 慣れ親しんだ、ちょっとレトロな都心のビルが建て替えられていく。主に1960年代に建てられ、街のランドマークにもなってきた建築物の再開発が相次ぎ役目を終えていくが、それらの歴史的価値を重視し建て替えを惜しむ声を取材した。(取材・文=大宮高史)

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 今年10月2日、新宿の小田急百貨店新宿店本館が営業を終え、最終日は多くの群衆が閉館を見送った。百貨店自体は隣接の新宿西口ハルクで営業を続けているが、小田急新宿駅と一体になっていた本館は1967年以来55年の歴史を終えた。

 この建物、実は百貨店単独で建設されたものではなく、車が乗り入れる新宿西口広場と一体になって作られた。設計は建築家の坂倉準三が担い、高度経済成長期の新宿を象徴するデザインだったが、西口再開発計画のために順次解体が決まっており、跡地には高さ約260メートルの複合ビルが建つ。

 新宿とは皇居を挟んで反対側の銀座・有楽町でも戦後建築の建て替えが進みつつある。数々の大作ミュージカルを上演してきた有楽町の帝国劇場は、2025年頃に建て替えのため閉館することが9月27日に明らかになり、こちらも演劇ファンの驚きを呼んだ。

 1911年開場の帝国劇場は現建築で2代目になり、66年に完成。ミュージカルファンやジャニーズファンにとって聖地のような場所だったが、建て替え後の再開時期は明らかになっていない。東宝・三菱地所によると、老朽化のため隣接の国際ビル(66年竣工)とともに建て替えるという。

 付近のエリアでは、建築家の黒川紀章の代表的建築で、カプセルが独立した構造がユニークな中銀カプセルタワービル(銀座8丁目、1972年竣工)の解体が今年完了し、有楽町1丁目の有楽町ビル(66年竣工)、新有楽町ビル(67年竣工)もともに2023年での閉館と建て替えが決まっている。館内は地上階にオフィス、地下に店舗が集まっていて、昭和のオフィスビルの光景をとどめる建物だ。

 いずれも建設から50~60年程度がたち古さも目立つが、それだけが建て替えの理由だろうか。丸の内の東京海上日動ビル本館(1974年竣工)の建て替えに反対する「前川國男建築ネットワーク」をツイッターで運営する大澤暁さんは、税法上の点を指摘する。

「日本では鉄筋コンクリート造ビルの減価償却資産としての『耐用年数』は50年とされています。50年経つと減価償却されて、資産価値がゼロになってしまいます。この『耐用年数』とは財務省・国税庁が定めた税制度上の数字で、実際の『もの』としての建築の耐用年数とは異なっています。

 ニューヨークにはエンパイア・ステート・ビル(1931年竣工)をはじめ、戦前から多くの超高層ビルが建てられていますが、ほとんど解体されずに使われています。しかし、日本では減価償却資産としての『耐用年数』の力が圧倒的に強く、築50年を迎え資産価値ゼロとなった高度経済成長期のビルは解体した方がよい、となるのです」

 国税庁資料によると、鉄骨鉄筋コンクリートもしくは鉄筋コンクリート造の建物は事務所用のもので50年、住宅用で47年となっている。ゆえに税法上、保存よりも建て替えにインセンティブが働くようだ。

ミュージカルの殿堂的存在の帝国劇場は2025年をめどに休館、建て替えられる【写真:ENCOUNT編集部】
ミュージカルの殿堂的存在の帝国劇場は2025年をめどに休館、建て替えられる【写真:ENCOUNT編集部】

ビルに反映されているル・コルビュジェの思想

 前川國男建築ネットワークでは、建て替え工事で発生するCO2が与える環境負荷も指摘している。同ネットワークは「東京海上ビルディングを愛し、その存続を願う会」名義で公表した意見書の中で、「脱炭素社会で考慮すべきことは、『つくることからつかうこと』へのシフトであり、現状を活かした改修での炭素量排出抑制が世界の主流となっています。現に霞ヶ関ビルや新宿の超高層群は、大規模なリノベーションで再生しています。脱炭素は人類の喫緊の課題であり、無謀な開発を廃止し炭素量の少ない改修を目指すべきものと思います」と主張した。

 また大澤さんは、東京海上日動ビルや小田急百貨店など、1960年代に都市のランドマークになったビルのコンセプトや価値について、20世紀の建築に多大な影響を与えたフランスの建築家ル・コルビュジェの思想が反映されていると指摘する。

「東京海上日動ビルを設計したのは、ル・コルビュジエの弟子で建築家の前川國男です。超高層ビルを作ることによって都市の中に広場・公園を作るというコルビュジエの思想を形にしたのが東京海上ビルです。フランス本国でも形になっていないコルビュジエの思想が、遠い異国の日本の丸の内で形になっているのです。

 建築家の坂倉準三もまたル・コルビュジエの弟子で、彼が設計した小田急百貨店新宿店や新宿駅西口広場にもコルビュジエの影響が色濃く見られます。百貨店から駅南口方向への『モザイク通り』は、コルビュジエが提唱した、建築の中にスロープを作り、歩きながら建築を見て楽しむ『建築的プロムナード』そのものです」

東京海上日動ビル【写真提供:前川國男建築ネットワーク】
東京海上日動ビル【写真提供:前川國男建築ネットワーク】

「東京海上ビルはビルの全面をタイルで覆ったという、世界でも類のない個性的なビルです。また床タイルは一枚一枚が焼きむらによって微妙な色合いの違いがありますが、こういった味のあるタイルは今ではもう作りたくてもなかなか作れないと聞きます。こんなに特徴のある超高層ビルは今後二度と作られないでしょう。小田急百貨店本館は四角い特徴的なアルミパネルで外側をリズミカルに覆っています。これも一目で小田急新宿だと分かる個性的なものです」

 重要文化財かつ近代化産業遺産認定を受けている東京駅丸の内口駅舎のように、戦前の建築には文化財としての価値を認められるものが増えているが、戦後のビルにはそういった事例は少ない。大阪・千日前の味園ビル(1956年竣工)は昭和の猥雑なカルチャーの雰囲気を残すディープスポットとして観光地化しているが、稀な事例になる。

 この現状に、大澤さんは「高度経済成長期に建てられた名建築ビルは、今がただのビルから文化財へと変わる過渡期です。今、残しておかないと後できっと惜しいことをしたと後悔するでしょう。今の超高層ビルを見ると、どれもガラス張りの個性のないビルばかりです。街中ガラス張りの似たようなビルだらけになってしまっては豊かな街と言えるでしょうか?」と疑問を呈する。便利さと経済効果が期待される再開発だが、戦後の建築を保存するという観点も忘れてはならない。

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