柄本明、「人間とは」に対する答え 現場に40年以上 問題渦巻く映画界に感じたこと

板谷由夏主演の映画「夜明けまでバス停で」(公開中、高橋伴明監督)で、キーマンを演じるのが、日本を代表する名優・柄本明(73)だ。柄本の芝居は独特な考えに基づいており、完成品も試写では見ない主義。その理由とは……。

映画「夜明けまでバス停で」で重要な役を演じる柄本明【写真:ENCOUNT編集部】
映画「夜明けまでバス停で」で重要な役を演じる柄本明【写真:ENCOUNT編集部】

ホームレス殺害事件をモチーフにした問題作「夜明けまでバス停で」で重要な役

 板谷由夏主演の映画「夜明けまでバス停で」(公開中、高橋伴明監督)で、キーマンを演じるのが、日本を代表する名優・柄本明(73)だ。柄本の芝居は独特な考えに基づいており、完成品も試写では見ない主義。その理由とは……。(取材・文=平辻哲也)

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 高橋監督とは40年前からの知り合いだが、仕事はほとんどしたことがないという。「渡辺典子さんと一緒に出たドラマ『探偵物語』(1983年、TBS)だけじゃないですかね。監督が京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)の学科長をやっていたので、『授業をやれ』と言われて、非常勤講師をやりましたけれども……」。

 本作は2020年冬、渋谷区幡ヶ谷のバス停で寝泊まりするホームレスの女性が殺された事件をモチーフにした物語。ヒロイン三知子はアクセサリー作りと居酒屋勤務を掛け持ちしているが、コロナ禍で仕事を奪われてしまい、ホームレス生活を余儀なくされる。失意の中、ヒロインが出会うのが、かつて爆弾事件を起こし、服役していたこともあるホームレスの男、通称・バクダンだ。

 撮影を行ったのは昨年11月。当時、明治座で「本日も休診」の座長公演中で、合間を縫っての出演だった。このバクダンは、高橋監督の分身とも言うべき存在だが、どんな役作りだったのか。

「僕は、世間で流布している“役作り”っていう言葉にはちょっと反発しちゃうんだよね。役にはなれないし、セリフだって、言えないですよ。他人が書いた言葉は自分の言葉じゃないから。だから、そこからセリフを探す旅に出るということですよ。二次元で書かれたものが自分の体を通って、いろんなざらつき感を持ちながら出てくるんでしょうね。それが役作りなんだろうけど、それは、『私は役作りしました』という言葉じゃないような気がするんですよね」

 禅問答のようだが、「他人になりきる」「演じる」とは、簡単なものではない、というのが、演出家でもある柄本の考えだ。ヒロインを演じた板谷も「都庁に向かって歩くシーンで、柄本さんが『普通に歩くというのが一番むずかしいんだよね』とつぶやいたのが印象に残っています」と話していた。

 それでも、監督の「ヨーイ!スタート」がかかれば、役を演じなければいけない。

「人に見られると、喜ばせたいと思っちゃうんでしょうね。映画の場合は監督の目線があるんですよ。今村昌平の『用意、スタート』はすごかったですよ。何かしなくちゃいけない。そこで役作りなんて、クソだと思ってしまう。『うなぎ』(1997年)が最初の作品でしたが、恐怖でした。全部を見透かされちゃう気がしたんでしょうね。その中で演技らしきものをするわけじゃないですか。大したことはしないのにね」

今村監督作品は豊かだったと語る柄本明【写真:ENCOUNT編集部】
今村監督作品は豊かだったと語る柄本明【写真:ENCOUNT編集部】

今村監督作品は豊かだった「精神的にも充実感が違います。夢のような時間でした」

 高橋監督の場合はどうだったのか。

「古くからの知り合いなので、照れます。一生懸命やるんですけどね。『用意、スタート』はかっこよかったな。声がよく響くんですよ」 

 完成された映画は試写会では見ないのも柄本流だ。「映画は映画館で見るのが好きなので、公開されたら、見るつもりです」と話す。ちなみに、クリント・イーストウッドも自作を試写では見ないことを公言している。

 劇中では、ヒロインや女性たちが居酒屋でセクハラ、パワハラに遭うシーンもある。40年以上、現場にいる柄本は、同様の問題が取りざたされている映画界をどう見ているのか。

「そういうこともあるんじゃないですかね。人間はそういうことをやるものなんです」と言って、戦争の例を出す。「戦争は反対ですよ。でも、人間は戦争をやるじゃないですか。僕もやるんですよ。誰でもやるんですよ」。もちろん肯定しているわけではないが、人間とは、そういう生き物である、との考えのようだ。

 昨今、映画の現場では、予算の縮小、撮影期間の短縮も感じるそうで、かつての今村監督作品は豊かだったという。

「『カンゾー先生』(1998年)の撮影は4か月ちょっとありました。今から考えると、ちょっと信じられないですね。精神的にも充実感が違います。夢のような時間でした。(主役だから)オレが一番、出番があるんだけど、毎日忙しいわけじゃない。岡山県の牛窓で撮影していましたが、1時間ぐらい電車に乗って、岡山に行って、その時やっている映画は全部見たから」

 映画を撮影しながら、別の作品の映画鑑賞にも出かける。無類の映画好きと映画への好奇心が名優の演技を形作っている。

□柄本明(えもと・あきら)1948年、東京都生まれ。76年に自身で劇団東京乾電池を旗揚げ。98年、「カンゾー先生」で第22回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞受賞。また、2010年の李相日監督作「悪人」では第34回日本アカデミー賞助演男優賞を受賞した。近年の作品に、映画「ある船頭の話」(19)、「燃えよ剣」(21)、「ある男」(22)、ドラマ「半沢直樹」(20)、「海の見える理髪店」(22)、舞台「てにあまる」(20)、「本日も休診」(21)などがある。11年紫綬褒章受章、19年旭日小綬章を叙勲。

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