教員のブラック労働、どう改善? 残業100時間超のデータも…背景にある法と財源の壁
10月5日はユネスコが定める世界教師デー。国内では昨年3月、教員志望者の増加を目的に文部科学省主導で行われた「#教師のバトン」プロジェクトが炎上、結果的に教員の過酷な勤務実態が注目されることとなった。教員の働き方改革が急務となっているなか、顔と実名を公にし、教育現場の労働環境改善を訴え署名活動を行っている現役の高校教員がいる。岐阜県の公立高校に勤務する西村祐二さんに、教育現場の実情と改善策を聞いた。
昨年には文部科学省主導で行われた「#教師のバトン」プロジェクトが炎上
10月5日はユネスコが定める世界教師デー。国内では昨年3月、教員志望者の増加を目的に文部科学省主導で行われた「#教師のバトン」プロジェクトが炎上、結果的に教員の過酷な勤務実態が注目されることとなった。教員の働き方改革が急務となっているなか、顔と実名を公にし、教育現場の労働環境改善を訴え署名活動を行っている現役の高校教員がいる。岐阜県の公立高校に勤務する西村祐二さんに、教育現場の実情と改善策を聞いた。
西村さんが初めて教壇に立ったのは32歳のとき。大学在学中に演劇に興味を持ち、卒業後は役者をしながら映像制作に携わるも、30歳を機に教員採用試験を受け教員の道へ。大学院で2年間教育について学んだ後、岐阜県の定時制高校に赴任した。当初から残業は膨大な時間に及んでいたが、最初は今ほど疑問を抱くことはなかったという。
「勤め始めて10年くらいは、授業をするにあたって、とにかく準備に時間がかかるんです。授業の流れや、資料作り、分かりやすくするためのICT(情報通信技術)の活用など。1時間の授業には1時間の準備がかかるという目安が国会で示されたこともあります。もちろん、ベテランになれば授業準備もこなれてきますし、こだわり始めればキリがない作業なので、そこは一人一人のさじ加減次第。授業準備に関しては教員の裁量に委ねられている部分が大きいですが、とはいえまったく準備しなければ授業にならない。今後は必要な授業準備時間を算出して、それを勤務時間に組み込むべきと思います。ただ、問題はそれよりも、膨大な量の雑務や望まない部活動顧問にあります」
初任校では、数百人の生徒全員分の出欠データを2人の教員で管理。夜の授業が終わった22時からその入力だけで1時間以上の作業時間を取られた。この他、奨学金の受付業務では生徒一人一人の家計状況を確認。申請書類の確認も多く、本来事務職員がやるような仕事が教員の業務に上乗せされていると感じたという。さらにそれ以上に負担となっているのが、実質的に顧問を強制されている部活動。西村さんの場合、初任の定時制高校では演劇部など専門性を発揮していたが、2校目の高校に赴任した際に、県内でも強豪の吹奏楽部の顧問を引き受けるよう校長面談で告げられたという。
「校長からは『土日両方とも来る必要はないから、土曜日だけいてくれたらいいよ』と言われ、私は『それは職務命令ですか?』と確認しました。校長は『私にも分からないが、先生方には職務だと思って頑張ってもらいたい』と。結果的に吹奏楽部は外れて負担の少ない写真部になりましたが、これをきっかけに給特法について調べ始め、教員を取り巻く理不尽な労働環境について知識を深めていきました」
公立校教員の時間外労働増加の要因として挙げられる、50年前制定の「給特法」
公立校教員の時間外労働が増える背景には、1972年に施行された「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」、通称「給特法」と呼ばれる法律がある。教職員には給料月額の4%を支給する代わりに、原則として時間外勤務手当・休日勤務手当を支給しないことを定めた法律で、これにより残業が無制限に増加。制定された約50年前に月8時間程度だった残業時間は、2021年に小学校で約97時間、中学校で約114時間に膨れ上がっているという調査もある。
西村さんは教育現場の現状に疑問を抱き、5年目にツイッターを開設。同じように声を上げる教員たちとSNSでつながり、6年目の2017年11月には、国の有識者会議である中央教育審議会に合わせ、顔と実名を伏せ待遇改善を訴える記者会見を行った。その後、教育現場を代表して国会から参考人招致を受けたことを機に実名を公表。給特法改正を訴えるオンライン署名など、国に現場の教員の声を届ける活動を行っている。
教員の時間外労働が問題視されながら、なかなか改善されない背景には財源の問題があるという。
「教師の残業時間が過労死基準を超えているのは国も把握していますが、なかなか改正に至らないのはお金の問題に尽きます。改正で新たにかかる費用は約9000億円。現在教師が無給で行っている膨大な事務作業などを、有給にするだけの財源の目途が立っていないのが実情です」
政府は今年7月に教員免許更新制を廃止。より教員になりやすい制度作りを方針に掲げている。少人数学級の推進に伴い教員数の増加も議論されているが、数を増やすだけでは不十分と西村さんはいう。
「ただ人が増えても、残業に歯止めがかからなければ、結局学校では仕事が増える結果になると思います。残業が自発的勤務と定義され、教師が好きでやっていることという前提では、コスト意識が働かないし、生産性を上げて定時で帰ることが評価されないんです。まずは残業を残業と認め、残業代支給はもとより、残業に絶対の歯止めをかける罰則つきの上限規制が必要です。すぐには無理でも、例えば改正法の施行を5年後に定めれば、いや応なく無駄な業務を削減する方向に進んでいく。それでも必要な残業にはちゃんとお金を払うことで、業務に対する優先順位の意識や仕事に対するモチベーションも上がり、教員志望者の増加にもつながってくると思います」
なかなか進まない教員の待遇改善と、それに伴う深刻な教員不足。現場の声を反映した政策が求められている。