“ドラマニア”がうなる傑作小説があった 「鉄人兵団」は四次元ポケットのような宝箱

 漫画や映画を通して人々に感動と元気を与えてくれる「ドラえもん」には、オリジナル作品を超えるような小説版が存在する。2018年公開の映画「ドラえもん のび太の宝島」、今年公開された「ドラえもん のび太の月面探査記」は小説版が発表。2年連続で出版された大長編ドラえもんの小説だが、実は今から8年前にノベライズされたことがあった。“最高傑作”と呼び声の高い「ドラえもん のび太と鉄人兵団」だ。

「小説版ドラえもん のび太と鉄人兵団」
「小説版ドラえもん のび太と鉄人兵団」

ドラえもん通のSF大賞作家が小説「鉄人兵団」に込めた愛情

 漫画や映画を通して人々に感動と元気を与えてくれる「ドラえもん」には、オリジナル作品を超えるような小説版が存在する。2018年公開の映画「ドラえもん のび太の宝島」、今年公開された「ドラえもん のび太の月面探査記」は小説版が発表され、子供から大人まで楽しめる人気作となっている。2年連続で出版された大長編ドラえもんの小説だが、実は今から8年前に1度だけノベライズされたことがあった。それは大長編の中でも“最高傑作”と呼び声の高い作品「ドラえもん のび太と鉄人兵団」だ。

「小説版ドラえもん のび太と鉄人兵団」(原作:藤子・F・不二雄、小学館)を執筆したのは、日本を代表するSF作家の瀬名秀明氏だ。1995年に日本ホラー小説大賞作品「パラサイト・イヴ」でデビューし、「BRAIN VALLEY」で日本SF大賞を受賞。

 そんな瀬名氏は超が付くほどのドラえもん通で、小学生の時にドラえもん関連の読者企画に参加して入賞を果たしたという逸話も。現在も仕事場に、原作者の藤子・F・不二雄先生の全集を置いているほどの“ドラマニア”なのだ。

 地球侵略を目論む鉄人兵団とドラえもんたちの戦いを描いた「のび太と鉄人兵団」。映画版は1986年に公開された。2011年に発表された瀬名氏による小説版は、瀬名氏のドラえもん愛が感じられる作品。作中の登場人物やひみつ道具の紹介がとても丁寧に描かれているからだ。

 例えば、のび太の名前について。「野比のび太。のび太自身は間抜けな名前だと思っているが、パパとママは生まれたばかりの赤ん坊を前に、健やかに大きく、どこまでも伸びてほしいと願いを込めてつけたのだそうだ。」と小説の中に書かれている。この命名秘話は、コミックス2巻に収録されている「ぼくの生まれた日」で語られたエピソードであるが、映画版では語られていない。小説版「鉄人兵団」にはドラえもん雑学がたっぷり詰め込まれている。

 また、お馴染みの四次元ポケットについてはこんな説明が……。同書では「ポケットの内部は、いわば時間の停滞した世界であった。このような時空間に浮かぶ未来の道具たちは、整然とタグづけされ、手を差し入れる者の判断に応じてすばやく検索・抽出がなされ、取り出される仕組みになっていた。」と書いてある。ロボット学に関する著書を多数執筆している瀬名氏ならではの考証が実に興味深い。パニック状態になったドラえもんが関係のない道具をたくさん取り出してしまうことについての表現も巧みだ。こういった瀬名氏ならではの解説は、作品に奥深さを与えている。

ヘタレキャラのスネ夫がエヴァ覚醒!? 小説独自の描写が盛りだくさん

 最も印象に残る場面の一つは、スネ夫が巨大ロボット「ザンダクロス」を操縦して鉄人兵団に立ち向かっていくシーンと言える。これには「あれ?」と首をかしげる読者が多いかもしれない。なぜならこのシーンは漫画版にも映画版にも存在しない。小説版にしか描かれていないからだ。大長編では気弱になってしまうことが多いスネ夫が、ロボットに乗り込んで戦う。

 このイメージはどこか、「新世紀エヴァンゲリオン」の主人公・碇シンジと重なる。スネ夫も「逃げちゃダメだ」と自分に言い聞かせながら敵と戦ったに違いない。エヴァの世界観を借りれば、スネ夫の「覚醒」と言えよう。逆に大長編では先頭に立って戦うジャイアンが決戦前に弱さを見せる場面も。これも小説ならではの描写だ。鉄人兵団との最終決戦は、50ページ以上に渡って描かれている。身命を賭して戦うドラえもんたちの勇姿に胸が熱くなり、一気に読み上げてしまうことだろう。

 また、漫画版と映画版には登場しない人物が小説版には登場する。それは、同じ藤子・F・不二雄作品「パーマン」の星野スミレ。絶大な人気を誇るスーパーアイドルでありながらもう一つの顔を持ち、「パーマン3号(通称・パー子)」として地球の平和を守ったヒーローだ。小説版「鉄人兵団」に登場するスミレは20歳を過ぎた大人になり、女優・歌手として活躍していた。鉄人兵団の襲来を知ったドラえもんとのび太は子供電話相談に助けを求めるのだが、誰も信じてくれない。スミレだけは信じて、パーマン3号だった頃の自分とドラえもんたちを重ね合わせる。そして彼女は、いま自分が伝えられる一番の手段として歌をうたい、ドラえもんたちにエールを送るのであった。小説版独自のエピソードだ。

 映画版「ドラえもん のび太と鉄人兵団」には収まり切れなかったドラマが、小説版の中にはある。熱心なファンでも、初めて触れる読者であっても、きらめく発見に出合うことだろう。小説版には、ドラえもんのポケットと同じように、夢と感動があふれているのだ。

(イシイ ヒデキ/Hideki Ishii)