【RIZIN】戦時下のウクライナから来日したアナスタシア 紛争や戦争と格闘技の関係

「RIZIN.37」でのスーパーアトム級GP1回戦では、アナスタシアはRENAに敗れた【写真:(C)RIZIN FF】
「RIZIN.37」でのスーパーアトム級GP1回戦では、アナスタシアはRENAに敗れた【写真:(C)RIZIN FF】

空襲警報は慣れる

 当然、アナスタシアも似たような来日スケジュールを縫って日本上陸を果たした。

「コロナ禍なので、ウクライナからそのまま来日できたとしても、日本では2週間の隔離期間を経なければいけなくなってしまう。なので、彼女にはポーランドに出てもらい、そこで2週間以上いてもらいました」

 実際、アナスタシアが来日してから、いかに日本に入国するのが大変だったかを、試合前日のインタビュー取材で語ってはいたが、その話と柏木氏の話を総合すると、なかなかの長旅であることが分かった。

 まずアナスタシアはウクライナのキエフから、隣国のポーランドにあるワルシャワへ渡った。地図で見る限りは隣の国なれど、ワルシャワに入国するのに「18時間の時間をかかった」と語ったアナスタシアは、ここでビザを取得するため、かつ来日してからの隔離期間を計算して、最低2週間以上の滞在。その後、フィンランドのヘルシンキへと向かい。ヘルシンキから中東を経由して、ようやく日本の地を踏むことができたという具合である。しかも彼女は運良く出国できたものの、トレーナーは出国することができなかった。

 日本とウクライナは直線距離で約9000キロ。通常であれば、2日もあれば来日できるような気もするが、アナスタシアはその10倍近くの時間をかけなければ、来日がかなわなかった。

 もちろん、このタイミングでアナスタシアがウクライナから来たことを知り、各取材陣からの質問が殺到。試合前日に行われた彼女のインタビュー時間は、他の選手の倍の時間を要した。

「それだけ彼女の言葉には、あからさまに日本人が想像がつかないというか、現実離れしたところにいるので、当然そうなるのかなとは思いました」(柏木氏)

 結果的にアナスタシアはRENAと5分3Rを闘った末に判定負けを喫したが、試合後はRENAに抱き抱えられながら、母国ウクライナの国旗をリング上に掲げる場面もあった。

 ともあれ、記者はウクライナとロシアの政治的な背景に関する知見を持ち合わせていないため、その部分を語る術を持っていないが、それでも試合後にアナスタシアがインタビュールームに現れた際には、自然と彼女の言葉に耳を傾けている自分がいた。それは試合うんぬんというよりも、そういった特殊な状況を乗り越えて、彼女がRIZINのリングで闘ったことへの敬意のようなものを勝手に感じていたからだろう。

 ちなみに、実は3か月ほど前、某所でたまたま居合わせた40代の人物が、最近、ウクライナから日本に帰国したと聞き、やはり耳をダンボのようにして話を聞いた。それによると、7、8年ウクライナに住んでいたというその人物は、「空襲警報は慣れます。ミサイルが落ちる音も慣れるんです。最初は窓ガラスがビリビリしただけで怖かったけど、そのうち夜中に鳴っても平気で寝ているものですよ」と話してくれた。

 しかも現地では開戦前に、大使館からひんぱんに連絡やメールが入り、実際、「空爆から始まるだろう」というメールもあったそうだが、ほとんど誰もそれをウクライナ国民は信じていなかったという。

 たしかに、この時代に空爆なんて、と考えてしまう思考は十分に理解ができる。

「機動戦士ガンダム」にも登場した塩の話

 ところが、ある日、ドーンというすごい音がした。それが侵攻が開始された2月24日のことだった。

 そんな生々しい話を耳にしながら、実はさらに興味深い話を耳にした。

「塩工場を爆破されたから、向こうには塩がないんですよ」

 この話を聞いたとき、アニメ「機動戦士ガンダム」に同様の話が出てきたことを思い出し、戦争とは本当にそういうものなんだなと実感させられた。

 さらにいえば、コロナ禍に関する見解も面白かった。

「向こうでは、マスクなんてしてないんですよ。コロナなんてどっかに行っちゃいましたね」

 もちろん、それはコロナどころの騒ぎではない、という意味になる。つまりコロナで一喜一憂できているうちは、実は平和のありがたみを感じるべきなのかもしれないなと我に返った。

 いずれにせよ現地の状況を考えると、戦争を知らずに育った日本人がこれを自分のことのように思うには、まだまだ知識が足らなすぎるし、できれば進んで遭遇したくはない経験になる。

 そんなところで再度アナスタシアに話を戻すと、彼女は帰国するのに3日を要するとのこと。記者からすれば、戻れば命を落とすなり危険な思いをする可能性が待っていると分かっていても、母国には帰りたいものなんだなと、漠然たる親近感が湧いたのは事実だった。

 柏木氏は言う。

「今回来日したアナスタシアもブラジルのラーラ・フォントーラも、経験値だけでいえば、時期尚早かなと思いながら出場してもらったというのはあります。とくに日本のスーパーアトム級の選手は世界のトップレベルにあるので、その点を考えると、いかんせん経験不足だったかもしれません。ただ、少し早いけど、今このタイミングでRIZINに出場して経験を積んだことで成長できた部分もあったと思います。今回の試合ではその潜在能力を垣間見ることができましたし、それぞれ勝機もありました。結果、今回は2人とも負けはしましたが、負けたからそこで終わり、というのは無責任なので、これからもRIZINで育てていきたいなという思いは、個人的にはありますね」

 そうした柏木氏の思いを反映するかのように、まずアナスタシアに関しては「RIZIN.38」で再び、彼女の勇姿がリング上で見られることになりそうだ。だが皮肉なことに、もしかしたらそれは彼女のファイトぶりにくわえ、その境遇が引き寄せた可能性は全否定できない気がしている。今のアナスタシアには、リング上の活躍以上に、戦争に巻き込まれた女子ファイターという、好奇の目が注がれているからだ。

 22年の日本では、戦争にこそ巻き込まれてはいないものの、安倍晋三元総理が公衆の面前で銃撃されるという、21世紀の今、決してあってはいけない事件が起こってしまった。一方、この国の格闘技界では、7年かかりながら模索された那須川天心VS武尊が実現し、前代未聞の経済効果をもたらしたかと思うと、この秋にはメイウェザーVS朝倉未来のビッグファイトも実現する。

 世間の暗い話題を吹き飛ばし、この国を元気にする。格闘技界の役割があるとすれば、そうでなければ存在意義なんて決してありはしない。

 さまざまな背景を抱えながら、驚くべき22年の格闘技界は、クライマックスを迎えようとしている。

次のページへ (3/3) 【動画】記者が戦争と近代格闘技の関係について取材した実際の動画
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