【RIZIN】戦時下のウクライナから来日したアナスタシア 紛争や戦争と格闘技の関係

フロイド・メイウェザーVS朝倉未来のスーパーファイトが「超RIZIN」(9月25日、さいたまスーパーアリーナ)で実施されるが、同日には「RIZIN.38」も開催され、アナスタシア・スヴェッキスカの2度目となる参戦予定も発表された。アナスタシアといえば、半年前から戦場となっているウクライナ出身のファイターである。今回はこれを題材に考える

試合後の会見では涙する場面もあったアナスタシア
試合後の会見では涙する場面もあったアナスタシア

すべてポーランドを介してのやりとり

 フロイド・メイウェザーVS朝倉未来のスーパーファイトが「超RIZIN」(9月25日、さいたまスーパーアリーナ)で実施されるが、同日には「RIZIN.38」も開催され、アナスタシア・スヴェッキスカの2度目となる参戦予定も発表された。アナスタシアといえば、半年前から戦場となっているウクライナ出身のファイターである。今回はこれを題材に考える。(取材・文=“Show”大谷泰顕)

 2022年2月24日は、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻がはじまった日である。つまりもう半年がたつことになる。そうでなくともここ数年は世界中がコロナ禍で騒がしくなったというのに、今度は軍事侵攻なんて。21世紀になって、はや20年以上が経過したというのに、最近はまるで21世紀らしくない、驚くべき事象が起こっていく。

 そんななか、「RIZIN.37」(7月31日、さいたまスーパーアリーナ)には、戦場となっているウクライナからアナスタシア・スヴェッキスカ(24=SubHunter/Puncher Fight club)が来日し、同日開幕したスーパーアトム級GP1回戦で、RENAと闘った。言うまでもないが、現在ウクライナは、外務省の海外安全ホームページでは「退避してください。渡航は止めてください。(退避勧告)」と書かれた、危険度最高のレベル4にある。

 RIZINのマッチメイカー兼渉外担当のチャーリー柏木氏は言う。

「今年のGPは、女子のスーパーアトム級GPをやるのか男子のフライ級GPになるのか。ハッキリしていないなかで、それぞれのメンバーを模索していました。女子のGPに関しては、そもそも日本人だけでGPを、という話もあった。それがワールドGPでいこうという話になって、アナスタシアにも正式に声をかけたんです」

 来日したアナスタシアによれば、「試合の2か月前に正式なオファーがあった」と話していたが、アナスタシアのいるウクライナは半年前から戦争に突入している。その点を柏木氏はどう考えたのか。

「僕個人としてはまったく気にしていなかったですね。やっぱり競技は競技、政治は政治だと思っているので、そこは一緒にするべきではないという考え方を持っていますから。ただ、唯一心配だったのが、ウクライナの状況によっては彼女は出国ができるのか。ビザは取れるのか」

 柏木氏の心配をよそに、アナスタシアの陣営に問い合わせた結果、「彼女はぜひやりたいと言ってきたんです」。

 だが、アナスタシアは元々はストロー級(52.2キロ)の選手のため、スーパーアトム級(49キロ)で試合をするためには、いつもよりもウエイトを絞りこまなければならない。結果的には2か月で9キロの減量を果たしながら、それでもアナスタシアは参戦を決めることになる。

「そもそも今はウクライナに物資を届けられないんです。契約書の原本を送っても、結局は届かなかった。それと在留資格、ビザはどこで申請するのか。ウクライナの日本領事館にはすでにスタッフはいない状況にある。どうしたものかと思っていましたけど、基本的にはすべてポーランドを介して話をすることで、彼女の来日が実現することができました」(柏木氏)

軍に召集されたムサエフ

 戦後70年以上が経過し、運良く日本は戦争とは無縁の状況が長らく続いてきた。それだけに日本人の意識として、そういった話を自分のこととして受け止めるのが不得意になっているのは否めないだろう。だが、それでも格闘技という視点に立てば、世界中に存在する紛争や戦争に、決してファイターが無縁ではないことが分かる。

 例えば、ミルコ・クロコップはクロアチアの対テロ特殊部隊に所属していたし、セルゲイ・ハリトーノフはロシア空挺軍のパラシュート部隊第106親衛空挺師団に所属していた。他にも、主に治安の悪い国であれば、その分、護身術の習得が不可欠になるため、自然とそういった格闘技術を体得していく機会に恵まれていき、それがそのままリング上につながっていくパターンだって、少なくとも日本よりはあるに違いない。

 RIZIN関連では20年の秋、トフィック・ムサエフがアゼルバイジャン共和国軍に招集され、ナゴルノ・カラバフ紛争のアゼルバイジャン軍に加わったこともある。

「このときも、RIZINとしてはアゼルバイジャンを応援していたわけではなく、あくまでもムサエフ個人に無事でいてもらいたいと思っていましたし、ファンも安否を気にしていたと思います」(柏木氏)

 それでも当時、柏木氏の元には海外からのDMがあり、「RIZINは(アゼルバイジャンと敵対する)アルメニアを侮辱するのか」という意見が散見されたという。

「たしかにアルメニア人からすれば、アゼルバイジャンは侵略者になるから、そこはお互いに主張があるなかで、『RIZINは……』と言われてしまうんです。だから、そこに触れる気はないんですけど、僕個人はムサエフの対応をしたので、いろんなことを考えながらムサエフ側と連絡を取ったりもしていましたね」

 アナスタシアに話を戻すと、どうしても戦地となっているウクライナに目が行ってしまうものの、それでもアマチュアで9勝1敗という輝かしい実績を残しながら、コロナの関係でプロデビューが遅れたものの、昨年末に正式なプロデビュー戦を行ってからは2連勝を果たしながらのRIZIN参戦で、RENAと相対することになった。経験不足は否めなかったが、コロナでなければ5、6戦は経験したであろうことを見越しての参戦だった。

「2017年にブルガリア出身のアレクサンドラ・トンシェバという選手が浅倉カンナ戦を闘ったことがあるんですけど、その頃は女子の選手に関しては、なかなか世界的にも実力のある選手を見つけることが難しかったんです。ただ、その当時と比べると、年々レベルが上がってきて、アナスタシアに関しても、まだプロ2戦だし、少し早いかなと思いながら、今出すべきだと判断して、今回の来日に至った感じですね」(柏木氏)

 とはいえ、状況が状況だけに、アナスタシアがすんなりとウクライナから来日できたわけではない。柏木氏いわく、「コロナ禍以降、それまでの3倍、15週間は必要書類を集めるのに時間がかかる」ため、外国人を投入するにも、まだまだ高いハードルが存在しているのが現状だ。

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