「こんな授乳室があったんだ」海外称賛、SNSで大反響…ママパパうれしい設備の開発秘話
外出したいけど小さい子どもがいるから……。そんなパパ、ママの悩みを解決するベビーアイテムが注目を集めている。授乳や離乳食、おむつ替えなどができる設置型ベビーケアルーム「mamaro」(ママロ)だ。SNS上で「これ作った人、神」と国内外で話題になり、自治体や商業施設を中心に導入が進んで、6月には累計設置台数が400台を突破した。開発したのは、横浜市に本社を置くTrim株式会社。2児の父でもある長谷川裕介代表に経緯を聞いた。
90万人の赤ちゃんに対し、圧倒的に足りなかった授乳室
外出したいけど小さい子どもがいるから……。そんなパパ、ママの悩みを解決するベビーアイテムが注目を集めている。授乳や離乳食、おむつ替えなどができる設置型ベビーケアルーム「mamaro」(ママロ)だ。SNS上で「これ作った人、神」と国内外で話題になり、自治体や商業施設を中心に導入が進んで、6月には累計設置台数が400台を突破した。開発したのは、横浜市に本社を置くTrim株式会社。2児の父でもある長谷川裕介代表に経緯を聞いた。(取材・構成=水沼一夫)
元々は、授乳室とおむつ交換台を探せるアプリの開発・運営を創業からやっていました。「授乳室がここにあったよ」とか、ユーザーさんが投稿できるようなアプリなんですけれども、ユーザーは増えているけど、投稿数が減ってきたみたいなことがありまして「これ以上の施設がないんじゃないかな」「頭打ちが来たんじゃないかな」みたいな仮説を持つようになりました。
当時、僕らが保有していた情報は授乳室が1万8000施設ぐらいです。たぶん当社以上に把握しているところはなかったと思うんですけど、ない中で子どもが当時90万人以上生まれていましたので、圧倒的に数が足りないよねと思いまして、「じゃあどうやったら増やせるか」みたいなところから着想して、施設側にも聞いたんですよね。
「なぜ授乳室を増やさないのですか」みたいなヒアリングを、ちょっと失礼ですけど、させていただいたところ、施設としても作ってあげたいけど、なかなか費用や結構なスペースを取ってしまう。基本的に商業施設ディベロッパーの会社ですと、坪単価いくらでご商売されているので、その坪数を削ってまでやることなのかみたいなのと、利益が出ていればやれるけど、利益が出てない状況では、なかなか投資しづらいというのが回答としてあって、それは確かにそうだなと思いました。であれば、「ユーザーとしては授乳室がないとお出かけ自体がかなわない。でも施設としては入れてあげたいけど、なかなかコストとかスペースの問題で見合わない」という課題を解決する商品ってないのかなあと調べたんですがなくて、だったら自分で作っちゃうかなみたいなところから始まりました。
当時は一般の授乳室って、カーテンで仕切られてるところなんですよね。どんなにきれいに作っていても、やっぱり人目が気になるとか、カーテンを他のお母さんが開けて自分の胸を見られちゃったとかもあって、当然男性はそのエリア近づけないという問題があって、個室のニーズが結構高かったんです。ただ、個室を満たしてる授乳室がほとんどなかったので、個室を満たしつつ、省スペースで安価に導入できるものを作ろうと開発しました。
初期の頃は苦労が多かったですね。ソフトウェアのアプリケーションであれば自分でもできるんですが、もの作りは全くの未知だったので、まずどう図面を引けばいいかが分からない。CAD(コンピュータ支援設計)を自分で無料期間中に学習して、それでちょっと設計してみたり、ポンチ絵を書いたりしました。ただ、絵ができても、次にそれを作ってくださる企業さんを知らない。適切な素材は木材がいいのか鉄がいいのか、本当に手探りでいろんな方に相談させていただき、「こういうのに困っているんですけど、誰か知り合いにいませんか?」と手当たり次第、あたっていました。
授乳室を作ろうとなると、基本的にはお母さん目線になるんですよね。育て方や価値観がそれぞれ異なるので、全部満たそうとすると、どうしても高額になったり、広い部屋が必要になったりする。一方で、導入する側からすると、そこまでお金をかけて回収できるのかという議論が難しくて、本当に善意でやってくださっているんだなっていうのが分かりました。お母さんたちには個室と安心できる空間を提供したいという思いがありつつも、施設にとって導入ハードルが低くなる、もしくは導入する価値があるものというところで、ベビールームを可動式にするアイデアが生まれました。
「こんな授乳室があったんだ」 SNSでまさかの反響拡大
施設は2年か3年に1回ぐらい、レイアウト変更が行われます。テナントの入れ替えとかも起こるので、そのときに授乳室を部屋で作ってしまうと、また解体工事して作り直すことになってしまう。ママロは動かせるので、そういったときにも柔軟にレイアウト変更に対応できたり、催事やベビーフェアのときにイベントスペースに移動させることもできるのが工夫した点です。
あと、ママロはインターネットに接続する空間なんですね。子育ての情報や地域の情報を配信していくのもそうですし、僕らは利用状態を把握したい。どれぐらい滞在しているのか、利用回数はどれぐらいなのか、どんなコンテンツに興味を持ってもらえたのかなど。こういったことは、のちの新サービスになる広告事業にも生きてきました。
最初の1台が完成したときは、おおっ、て感じでしたね。自分が描いた絵が実物になった感動みたいなのは、やっぱりソフトウェアでは体験できないなと思いました。直感ですけど、いけるなっていう気もしましたね。想像したより圧迫感がなかったんですよ。むしろちょうどいい落ち着く空間が作れたので、満足感もありました。
反響はありましたね。ママロ内でユーザーからアンケートが取れるシステムを用意しました。そこからの回答以外にも、特に仕掛けてなかったんですけど、インスタグラムを中心にSNSで「こんな授乳室があったんだ」とか、「これ作った人、神」みたいに書いていただいたりとか、そういう反応が日本人だけじゃなくて、外国のお客様からも入ってきていたので、すごくうれしいかったです。これってなんだろう、日本だけのママパパに作っているわけじゃなくて、世界のママパパも救える可能性があるんだなっていうくらい、ユーザーからの反応がめちゃくちゃよかったですね。
設置場所は、自治体やJR新宿駅などの駅にもありますが、基本的には商業施設が多いです。水族館やレジャー施設もそうですし、神社や競馬場までさまざまな場所に置かせていただいていますね。
ママロは何度もアップデートしてきました。最新のものは、中に置かれている座るソファーの背もたれ部分が倒れるんですよね。そこに赤ちゃん乗せておむつ交換台として機能することができ、さらに赤ちゃんを乗せると体重が表示されます。その体重をアプリに取り込むことによって、赤ちゃんの身長を測るシステムもあるので、合わせることによって身長と体重が測れる。つまり成長曲線を描くことができるというのをママロの中で完結できるというのが最大の特徴になっています。
赤ちゃんにとって体重はとても重要な情報で、特に新生児はどれぐらいおっぱい飲んでるのか、あげてる方も分からないんですよね。飲ませる前に体重を量って、飲んだ後にもう一度体重を量ることによって、子どもが飲んだ量が分かります。赤ちゃん用のスケール(体重計)は結構値段がするんですよ。使用期間も限られるので、家庭で持っている方はほとんどいないですよね。高くて買えない方も当然いらっしゃる中で、ママロであればそこを無料で使え、かつ体重も測れるみたいな環境を提供できるというのはとても意義があることだと考えています。
アメリカと比べて日本の授乳室は圧倒的に数が少ないです。女性たちに「働け」と言うわりには、全然環境整備ができてない状態が続いてしまっていて、企業側も「そんなことやるぐらいだったら喫煙所を増やしたいんだよね」みたいなことを言う経営者の方々はまだ実際にいます。400台って、僕はまだまだ全然少ないと思っているんですよ。本来であれば、3~4万台ないと、十分にインフラとして動いているとは言えない。我々の生産能力の課題もありますし、お母さんたちも声を上げやすい仕組みを作らなきゃなと思っていますね。海外からも問い合わせをいただくケースが増えていて、特にアジア圏とかは商業施設等で1日過ごすことが多い。これが日本のおもてなしの文化みたいな形で発信していけるんじゃないかと、将来は視野に入れています。
苦労をかけた亡き母への恩返し 大人になってから分かったADHD
僕は元々キャリアのスタートを広告代理店でしまして、そこで少しコピーを書く仕事をさせていただいていました。父親も広告のデザイナーだったので、その畑で行くのかなと思ったんですけど、僕が28歳のときに母ががんで亡くなったんですね。本当に見ても分かるように真面目ではないドラ息子だったので、親に苦労しかかけていない状態で、そのまま母に逝かれちゃったんですよね。
母の死で、生きている意味やもらった恩や感謝の気持ちをどう返せばいいのか、自分なりに考えました。僕は大人になってから診断されたんですけど、ADHDと言って多動児だったんですよね。いすに座ってられない。小学校から飛び出して帰っちゃう。本当に問題児みたいな人間だったので、毎週のように母は学校に呼ばれていましたし、トラブルや友達とのけんかも多かった。母は3姉妹の末っ子だったので男の子は分からなくて、相当苦労して、いろんなところで勉強しながら育ててくれたけど、息子は全く言うことをきかない。かなり、迷惑をかけていました。
大人になって大成して、母を旅行を連れていってあげるとか、そういうのをできていたらかっこよかったんですけど、全くやれないまま、やろうという気すらたぶん正直思っていなかったんですね。母ががんになるまでは。がんと知ってから、何かしなければ思ったんですけども、母も若かったので進行が早くて、どこも連れていってあげられないし、食事も食べれない。ストーマ(人工肛門)をつけたりしていたので、何もできずに、本当に申し訳なかったなと思います。
ママロの設置はまだまだ足りないですし、母からは「まだまだよ」って言われそうですけど、今のところ、やってよかったかなっていう気はしています。
子どもが生まれる前まで、お母さんたちは自由に行動できていました。それが今は授乳室がない施設や場所に出かけられないのは、ちょっと違うなと思いますね。例えば、皆さんはどこに行ってもトイレに困らないじゃないと思います。駅に行けばあるなとか、コンビニ入ったら使えるなと思うので、トイレをあらかじめ調べてから出かけるというのはないですよね。そういった世界を授乳室でも早く作りたいなと思っています。
□長谷川裕介(はせがわ・ゆうすけ)1983年10月6日、神奈川・横浜市生まれ。大学卒業後、広告代理店に就職。医療系ベンチャー企業を経て、2015年11月、Trim株式会社を設立。17年、設置型ベビーケアルーム「mamaro」事業を開始。2児の父。