新人監督の心を動かしたオダギリジョーの言葉 映画「ぜんぶ、ボクのせい」に込めた思い

全国公開となった映画「ぜんぶ、ボクのせい」(配給:ビターズ・エンド)。監督・脚本は本作が商業デビュー作となる松本優作が手掛けた。幼い頃から養護施設で育った孤独な少年が人々と出会い、絶望の果てに希望を見出す物語。過去には真正面から社会問題と向き合った自主映画「Noise ノイズ」をはじめ、松本がこれまで手掛けてきた作品には現代社会で生きていくことの難しさがリアルに描かれている。海外でも高い評価を受ける駿才は、一見近寄りがたい風貌だが、どこまでも真っすぐで穏やかで24時間ずっと映画のことばかり考えている若者だ。そんな期待のニューカマーの素顔に迫った。

監督・脚本を担当した松本優作【写真:(C)2022『ぜんぶ、ボクのせい』製作委員会】
監督・脚本を担当した松本優作【写真:(C)2022『ぜんぶ、ボクのせい』製作委員会】

期待の若手監督・松本優作の素顔に迫る

 全国公開となった映画「ぜんぶ、ボクのせい」(配給:ビターズ・エンド)。監督・脚本は本作が商業デビュー作となる松本優作が手掛けた。幼い頃から養護施設で育った孤独な少年が人々と出会い、絶望の果てに希望を見出す物語。過去には真正面から社会問題と向き合った自主映画「Noise ノイズ」をはじめ、松本がこれまで手掛けてきた作品には現代社会で生きていくことの難しさがリアルに描かれている。海外でも高い評価を受ける駿才は、一見近寄りがたい風貌だが、どこまでも真っすぐで穏やかで24時間ずっと映画のことばかり考えている若者だ。そんな期待のニューカマーの素顔に迫った。(取材・文=福嶋剛)

 松本優作を紹介する上で大切な2つの作品がある。1つは初の長編映画「Noise ノイズ」、もう1つが全編ネパールで撮影された短編映画「バグマティ リバー」だ。「Noise」は2008年の「秋葉原通り魔事件」をモチーフに事件で母親を奪われた地下アイドルと父親をはじめ、それぞれ家庭の問題を抱えた3組の親子が事件から8年後の秋葉原で交差する物語だ。そこで浮き上がる孤独や貧困といった善も悪もない社会問題。事件当時16歳だった松本は過去に同級生だった女子生徒が自らこの世を去ったことを知り、その直後に起きたのがこの事件だったこともあり、心の中で消えることのない記憶が刻まれた。

「物語はまったく違いますが、『ぜんぶ、ボクのせい』と『Noise ノイズ』は、“社会の理不尽さとどう向き合っていくか”という永遠のテーマについては共通しています。秋葉原の事件から14年がたちましたが、今でも似たような事件が起きていて、あの頃と何ら変わっていない。秋葉原事件のもっと昔にも似たような事件はたくさんあります。そんな社会、孤独な場所で人はどうやって生きていけば良いのか、それを映画作りを通して考えたいとずっと思っています。

 個人的には上京してから感じたことがとても大きくて普通に生きていくことの難しさを実感しました。フリーになってからは自分が何者かが答えられない怖さや自分の居場所がない不安、お金を稼いで暮らしていくことの難しさ。『Noise ノイズ』を作ったはいいけれどどうやって見てもらうかを考えていなくて、いろんな人に助けていただいたり、スポンサーを探したり、クラウドファンディングをやってみたり。自分と社会がつながっているたった1本の糸があったとして、もしもそれが切れてしまったら自分はこの先どうなってしまうんだろうって。もしかしたら事件の加害者と自分は紙一重なのかもしれないと考えたこともありました」

 松本にとってもう1つ大切な作品「バグマティ リバー」。主人公の女性・那月が2年前にエベレストで行方不明になった兄を探しにネパールにやって来るという物語だ。2018年、登山家・栗城史多さんがエベレストに登頂するまでのドキュメンタリー映画を制作するため松本は栗城さんとエベレスト登山に帯同した。ところが途中で重度の高山病になり緊急ヘリで帰国を余儀なくされた。栗城さんはその直後、登山中に命を落とし、帰らぬ人となった。いてもたってもいられない松本は本作の企画をコンペに提出し、「MOON CINEMA PROJECT」でグランプリを獲得。その制作支援金で短編映画を作った。

「栗城さんを紹介してくださった小橋賢児さんをはじめ、当時のシェルパ(=ヒマラヤ登山の案内人)にも出演していただき、この作品を完成できて少し気持ちが楽になりました。ネパールの火葬場での炎や川の流れといった景色を今でも鮮明に記憶しています。『炎は人を生かすものでもあり、人を殺すものでもある』という僕の中での死生観みたいなところは、この経験がかなり大きかったと思います」

川島鈴遥演じる女子高生・詩織(左)と白鳥晴都が演じる主人公の優太【写真:(C)2022『ぜんぶ、ボクのせい』製作委員会】
川島鈴遥演じる女子高生・詩織(左)と白鳥晴都が演じる主人公の優太【写真:(C)2022『ぜんぶ、ボクのせい』製作委員会】

登場人物すべての視点で見てもらいたい「ぜんぶ、ボクのせい」

 そして今作「ぜんぶ、ボクのせい」は、孤独を抱えた3人の出会いと、それぞれが母親との関係に問題を抱えているというのも物語の中では大切な要素となっている。

「自分ではどうすることもできない理不尽を抱えた人たちの物語にしたかったんです。現実社会って厳しいことも多いから映画の中だけでも楽しくいたいというお客さんも多いと思いますが、僕が作るものは、そんなに都合よくハッピーにはなれないんだけれど、その先のさらにもう少し先にある光を描きたいと思っています」

 スタートのきっかけは松本が敬愛する映画プロデューサー・甲斐真樹氏との出会いからだった。

「僕は甲斐さんが手掛けた青山真治監督の映画が大好きで、2年前に甲斐さんとお会いできるチャンスをいただき、これを逃したらチャンスはないと思って今まで考えていた企画書を渡しました。すると甲斐さんから『一緒にやろう』とお話をいただいて。撮影は去年の4月だったのでお会いして1年後にはクランクインというスピード感で進んでいきました」

 プロデューサーと一緒にキャスティングを進める中で、主人公の少年と女子高校生役はオーディションを行った。そこで新人の白鳥晴都と期待の若手女優・川島鈴遥が選ばれた。

「白鳥くんは、最初に会ったときに彼の目がとても印象的でした。この作品は主人公の少年のアップで終わりたいと考えていたので、その表情ができるのは彼しかいないと思ったんです。白鳥くんを始め、役者のみなさんには繊細な表情で演じて頂いています。何を考えているか分かるようで分からないという複雑な人物像にしたかったんです」

 主人公だけでなく見る人によって出演者それぞれの視点で捉えてもらいたいという彼の意図があった。

「少年・優太の視点だけでなく、さまざまなな登場人物の視点でも見てもらいたいんです。いったい誰のせいなのか? これから家族ができる人や主人公に近い年齢のお子さんがいる人だったり、それぞれの視点や解釈、いろんな捉え方をしていただけるとうれしいです」

 裕福な家庭で暮らす孤独な女子高生・詩織役を演じたのは第34回高崎映画祭で最優秀新人女優賞を受賞した期待の若手俳優・川島鈴遥だ。

「川島さんのお芝居は本当に素晴らしい。ただ、決め手となったのは歌声です。物語の途中で彼女が歌うシーンがあるんですが、作品のイメージにぴったりの歌声だったんです。実際の撮影でも印象的なシーンになりました。また優太と詩織の海辺のシーンは2人の集中力が本当にすごく、気軽に声をかけられないほどでした。結果として、2人の魅力がふんだんにあふれ出たシーンになったと思います」

 そして今作で初めて出会ったオダギリジョーの存在が、松本にとって大きかったという。

「大好きな俳優さんで出演が決まって大喜びでした。俳優として全体的に重たいテーマの中にリアリティーとユーモラス、両方を兼ね備えたお芝居をしてくださり、脚本上よりも豊かな作品になったと思います。一方で映画監督や演出家としても大先輩なので最初は緊張しましたが、オダギリさんから『デビュー作は映画監督としての自分の宣言だと思うので、信念を曲げたり妥協したりするとろくなことにならない。自分はこういう作品を作るために映画監督をやってますと胸を張れる作品にしてください』とメッセージをいただき、その言葉を励みにしながらワンカットワンカット悔いのないように撮影に挑みました。本当に心強い存在でした」

オダギリジョーが演じる坂本健二【写真:(C)2022『ぜんぶ、ボクのせい』製作委員会】
オダギリジョーが演じる坂本健二【写真:(C)2022『ぜんぶ、ボクのせい』製作委員会】

大滝詠一さんによる名曲「夢で逢えたら」MVを制作

 本作のエンディング・テーマに選ばれたのは大滝詠一さんによる名曲「夢で逢えたら」。作品と歌詞が1つにつながるとても印象的な場面で使われている。また松本は「夢で逢えたら」のミュージックビデオも手掛け、映画とは違った物語で白鳥と川島を起用した。

「大滝さんがお亡くなりになったあとにご自身の歌唱版を出されたという話をお聞きして、とても強い意志のようなものも感じました。歌詞と登場人物の心情がマッチするので、ぜひ使わせて頂きたいとお願いして快諾いただきました。今あらためて聴いてみると、時代によって曲から受け取るメッセージも変わってくる印象を受けました」

 松本にとって「映画」とは何かを聞いてみた。

「初めて質問されました。それは答えがめちゃくちゃ難しいです(笑)。僕にとって気持ちをぶつけるものが映画なんです。僕は負のパワーみたいなものをすべて映画にぶつけることが出来たから良かったんだと思います。もし映画と出会わなかったら……今頃、どうなっていたんでしょうね……人生に行き詰まったり、苦しみを抱えている人にこそ、“映画”というものが必要なんじゃないでしょうか」

 いつか挑戦したいテーマについても聞いてみた。

「戦争をテーマにした映画を作りたいんです。戦争を知らないからこそ僕たちの世代がちゃんと戦争とは何かというものに向き合わないといけない気がしています。実際に戦争を経験された方が世の中からどんどんいなくなっているので、早く作りたいという願望があります」

 最後にオフの過ごし方を聞くと「オフは作らないようにしています」と笑った。昔、彼と一緒の職場だった頃、編集室を覗き込むと朝でも夜でも休日でもいつも彼は何かに没頭していた。それは今でも変わらないようだ。「映画は仕事という感覚じゃないからオンとオフの切り替えがないんです」。

□松本優作(まつもと・ゆうさく)1992年生まれ、兵庫県出身。2017年自主映画「Noise ノイズ」がレインダンス映画祭をはじめ、多数の海外映画祭で上映され、国内外で高い評価を得る。また、ニューヨーク、サンフランシスコでも劇場公開される。18年、ネパール×日本の合作短編映画「バグマティ リバー」が、Moon Cinema Projectにて企画グランプリを獲得。19年に公開された短編映画「日本製造/メイド・イン・ジャパン」でも国内外の映画祭に出品、30分の短編としては異例の単独公開を成功させる。「乃木坂シネマズ~STORY of 46~」(20/FOD)、「湘南純愛組!」(20/Amazon)、「神様のえこひいき」(22/Hulu)、「雪女と蟹を食う」(22/テレ東)、などのドラマ作品も手掛ける。「ぜんぶ、ボクのせい」(配給:ビターズ・エンド)8月11日(木・祝)より、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー。

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