72歳元刑事が本人役で映画主演 担当した未解決事件が題材という異色作引き受けたワケ

映画「とら男」(8月6日公開、村山和也監督)は、石川県警の元刑事が主演し、自身が担当した未解決事件の再捜査をするという異色のミステリーだ。元刑事の西村虎男さん(72)は42年間の警察人生のうち32年間刑事を務めた人物。なぜ、本人役での映画主演を引き受け、今、犯人にどういう思いを持っているのか。

本人役で映画主演を務めた西村虎男【写真:ENCOUNT編集部】
本人役で映画主演を務めた西村虎男【写真:ENCOUNT編集部】

元刑事の西村虎男さんインタビュー、本人役で映画主演「これは大変なことだ」

 映画「とら男」(8月6日公開、村山和也監督)は、石川県警の元刑事が主演し、自身が担当した未解決事件の再捜査をするという異色のミステリーだ。元刑事の西村虎男さん(72)は42年間の警察人生のうち32年間刑事を務めた人物。なぜ、本人役での映画主演を引き受け、今、犯人にどういう思いを持っているのか。(取材・文=平辻哲也)

 1992年9月、石川県金沢市のスイミングスクール駐車場の車の中で20歳の新人女性コーチが殺害されているのが見つかった。女性コーチは勤務を終え、一旦、車で駐車場を出たが、90分後に車は元の位置に戻されていた。女性に付着した植物から、殺害場所は特定されたが、犯人逮捕はされないまま2007年に時効を迎えた。

 西村さんは42年間の警察人生のうち32年間刑事人生を歩いたベテラン。事件当時は捜査本部の一捜査官として携わり、その10年後、「特捜班長」として、事件の再捜査に当たった。しかし、捜査中に留置管理部門に配転。2010年の退職後は事件の悔恨から電子書籍「千穂ちゃん、ごめん!」を書きあげ、出演依頼を受け、地元テレビなどにも出演している。

 事件はなぜ未解決に終わってしまったのか。「当時は総勢100人からなる捜査本部の一人でした。10年後に、私ともう一人、二人だけの『特捜班』として再捜査をやったわけです。事件から10年経っている中、犯人と結びつける証拠を見つけ出すのは非常に難しかった。初期段階でDNAや鑑定できる資料を保全していなかったからです。そこで、私は警察がミスをしているから、犯人にたどりつかなかったんだと考え、そのミスを見つけていきました。捜査線上から消されていた男のアリバイの取り方がおかしいことや、被害者の首を絞めた凶器は、着ていたオーバーオールの肩ひもと特定したんです」。

 捜査から外されたのは、自身の性格が裏目に出てしまったこともあるという。

「私は、間違ったことは大嫌いという性格で、当時階級が上だった前任者のミスを指摘したら、部署異動になり、まったく口出しできなくなってしまった。『相棒』の杉下右京のような度量があったら、この展開は違ったんじゃないかと思うんですね」と後悔する。

 電子書籍を書いたのは事件への悔恨と被害者への思い。「今までお世話になった警察に歯向かうわけですから、書くまでは相当な迷いもあったんです。でも、後悔はしたくないと一大決心をしました。当時、犯人は被害者の父親という間違った噂が出ていたんです。退職後の人生は、それを正したいという思いでした」。

ベスト男優賞を受賞した西村虎男【写真:ENCOUNT編集部】
ベスト男優賞を受賞した西村虎男【写真:ENCOUNT編集部】

当初は出演するつもりなし、自身が主演だと気づいたのはロケハンの最中

 ただ当初は出演するつもりはなかった。

「電子書籍を読んだ村山監督からは、この事件を題材にした映画を作りたいと伺い、協力すれば、その手段の一つになるかなと思ったんですね。村山監督はしょっぱなから、『録画録音してもいいか』と言って、カメラや録音機をセットにして、3時間ほど話し合いをしたんです。その時は、『映画のエンドロールに映像を使いたい』ということだったので、応じたんです。きっと俳優さんが私の役を演じて、最後に私が話している画面が出るというイメージだったんです。ただ、監督は今でも、『私に映画に出演してくれと言ったよ』というんですけど、自分の記憶にはないんですね」と振り返る。

 自身が主演だと気づいたのは、ロケハンの最中だった。「1年半から2年ちょっとお付き合いがあった頃、私が車を運転しながら撮影現場の下見に行ったんですけど、(撮影監督の)Evegeny Suzukiさんと監督の話を聞いていると、どうも私が主演みたいな話になっていました。これは大変なことだと思ったんですが、今断ったら、村山監督に大変な迷惑をかけることになると思ったんです」。

 映画は、事実とフィクションの融合。卒論で植物の研究をしている女子学生(加藤才紀子)が金沢を訪れるうちに、当時の担当刑事、西村とら男(西村)と知り合い、金沢スイミングコーチ殺害事件の再捜査に当たるというストーリー。出演部分のほとんど台本はなく、やりとりの大部分は即興。セミドキュメンタリーのような撮影だった。

「加藤さんとは初対面で、そのまま撮っていきました。『まな板の上の鯉』のつもりで乗っかったんですけど、最初は若干、演技をなめてかかっていたところもあったんですが、加藤さんの演技を見ているうちにプロだなと感じ入り、自分もしっかりとやっていかなきゃと思いました。私が酔っ払うシーンというのがありますが、監督が『とら男の弱さを見せたい』と作ったシーンです。最初は多摩の映画祭で見せてもらったんですが、2回目に試写会で見た時は結構上手く撮れているなと思いました」

 2021年11月の「第22回TAMA NEW WAVE」ではベスト男優賞を受賞。「名前を呼ばれた時は、まさかと思いましたね。俳優の川瀬陽太さんは『とら男にとられた』と言っていましたけど、俳優なら欲しい賞なんでしょうね」と少し照れる。

 事件の犯人にはどういう思いを持っているのか。

「この人物が犯人だと思っている人はいますが、今はその人間をどうすることもできない。監督は違う思いを持っているようですが、私自身は犯人にどういうこうしたい、という思いはありません。本人もそれなりに苦しんだはずですから。時効を迎えて、胸をなでおろしたところもある中、いまさら蒸し返すんだ、という思いはあるかもしれませんが、それはその人の責任でもあるので、それくらい引き受けろよ、と思います。未解決事件は日本全国どこにでもあり、現実に苦しんでいる被害者遺族の方がいて、情報を欲しがっている捜査員がいます。こういう忘れられた未解決事件が身の回りにあるんだと思ってほしい。情報があれば、解決にもつながるんです」と映画でも見せた鋭い眼光を向けた。

□西村虎男(にしむら・とらお)1950年1月29日、石川県生まれ。元石川県警特捜刑事。42年間の警察人生のうち32年間刑事人生を歩き、未解決となった「女性スイミングコーチ殺人事件」の捜査を最後に、刑事生活を終える。退職後は事件を扱った電子書籍「千穂ちゃん、ごめん!」を書きあげた後、農園で野菜作りをしながら、細々と執筆活動をしている。

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