日本初の養護施設「ねむの木学園」設立した宮城まり子さん死去 身体障害者福祉に尽力

歌手・女優として活躍し、日本初の養護施設「ねむの木学園」を設立・運営した宮城まり子さんが21日、悪性リンパ腫のため都内の病院で死去した。93歳だった。

・歌手・女優から障害者福祉に尽くした生涯

 歌手・女優として活躍し、日本初の養護施設「ねむの木学園」を設立・運営した宮城まり子さんが21日、悪性リンパ腫のため都内の病院で死去した。93歳だった。

 宮城さんは東京生まれ。幼くして母を亡くし、父は事業に失敗。そのため、小学校を卒業すると舞台に立ち歌い始めた。戦後の日本を代表する名演出家・菊田一夫(故人)に見いだされ、1950年に歌手デビューすると、「あんたほんとに凄いわね」「毒消しゃいらんかね」「ガード下の靴みがき」などヒットを連発。とくに、戦後、親を失った子供たちの悲しい心情を歌った「ガード下の靴みがき」は、当時の庶民の心をつかみ今も愛唱するファンがいるほどだ。

 その後、女優にも幅を広げテレビや舞台で活躍。ミュージカル出演の役作りで施設を訪れると、その様子に心を強く動かされ、1968年、私財をなげうち日本初の肢体不自由児の養護施設「ねむの木学園」を設立。その運営と身体障害者の福祉・社会参加を後押しする活動に後半生を捧げ、芸能活動からは足が遠のいていった。

 芥川賞作家・吉行淳之介(故人)とは良きパートナーとして公私を共にした。2011年に自宅で転倒して腰椎を骨折してからは車イス生活を送り、2019年には血液のがんであることを公表し闘病生活を送っていた。1979年総理大臣表彰、2012年瑞宝小綬章受章。

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(ENCOUNT編集部)