「本人がもっと本人らしく-」参加者に明らかな変化、若き世代が推し進める教育の変革
昨夏、福島県奥会津で高校生・大学生を対象とした探究型の環境教育プログラム「KOTOWARIサマースクール」が開催された。今年2年目を迎える同スクールは新たな環境教育を実践しており、参加者はリベラルアーツによって自分の思い込みや社会の偏見を解体したのち、五感を使って大自然と繋がることで、あらたな気づきを得る。知識を積み上げる今までの教育とは逆ともいえるアプローチを取るからこそ、ひとの心まで届く-。その神髄について、一般社団法人KOTOWARI代表理事の青木光太郎氏と「Fridays For Future Tokyo」オーガナイザーの若き環境活動家、酒井功雄氏に語ってもらった。(取材・構成=梅原進吾)
参加者たちが見せた “変化”、「初日と最終日ではぜんぜん違った」
昨夏、福島県奥会津で高校生・大学生を対象とした探究型の環境教育プログラム「KOTOWARIサマースクール」が開催された。今年2年目を迎える同スクールは新たな環境教育を実践しており、参加者はリベラルアーツによって自分の思い込みや社会の偏見を解体したのち、五感を使って大自然と繋がることで、あらたな気づきを得る。知識を積み上げる今までの教育とは逆ともいえるアプローチを取るからこそ、ひとの心まで届く-。その神髄について、一般社団法人KOTOWARI代表理事の青木光太郎氏と「Fridays For Future Tokyo」オーガナイザーの若き環境活動家、酒井功雄氏に語ってもらった。(取材・構成=梅原進吾)
酒井功雄「(前編より続く)。お話していて、僕と青木さんでは同じような課題意識を持っているということが改めて分かってきました。こういう意識から始められたKOTOWARIサマースクールでは、実際どういったかたちの学びを実践しているのか気になります」
青木光太郎「アメリカのリベラルアーツ教育では古典を読むわけですけれど、そこで行われているのは、古代ギリシアで書かれた文章と現代に生きる人間をつなぐ作業です。自然でも同じようなことをしたいんですよね。人々から忘れ去られてしまったけれど、価値があるものと接続する。変わらないものと変わりゆくものをつなげる。それがKOTOWARIの目指すところです」
酒井「現状、私たちは身体感覚や直観、気付きといったものに向き合えない社会のなかで日常を送っています。昨夏サマースクールに参加した友人を見て、自分の心って本当はこう考えていたんだ、感じてたんだ、という気づきを得たんだろうと伝わってきました。言い換えれば、本人がもっと本人らしくなったというか。
ただ知識だけではなく、人間としてどうあるか、どう自分自身とつながるのかに重きが置かれているからですよね。そこでメンターが向き合ってくれる場や、自然に囲まれた場所が、やはり重要なんだと思います。友人の参加者が見せてくれたアウトプットを見て、気づきを結晶化させていく上でヒントになる、メタファーとしての自然が溢れている環境だと気づきました。それは、訪れたブナの原生林や奥会津の博物館だけでなく、農業法人『無の会』で有機農法で農薬を使わずに作られた食事にも含まれていた。言葉で話すよりも、自然や場所に実際に触れてそこで感じることの方が直接的な気づきにつながるし、腑に落ちる経験ですよね」
青木「期間を通じて、ほんとうに皆の表情がよくなりました。1日目と最終日ではぜんぜん違った。参加者の個々人の持つスペースが広がっていったようだった、とメンターの一人が話してくれました。初日は自分の空間と他人の空間をしっかりと区切っていて、席を移動する際にも自分の持ち物をすべて持っていっていた。それがだんだんと個が溶けていって、交わりがゆるやかになった感覚があったそうです。表情や話す内容だけでなく、靴の脱ぎ方や会話をするときの姿勢などにも変化があったことが印象的だったと言っていました」
内面の気づきと実社会の生活をどう接続していくか
酒井「参加者の友人たちの様子を見ていて、本当に変わったんだと実感しましたね。生きやすくなっていた。やはり今の社会の求めてくるものと自分自身の不一致と向き合う時間をたくさんとれた、という話を聞いたんです」
青木「結局、場に全てがあるんでしょうね。奥会津という場所をどう参加者のみんなにきちんと見せるか。そのための条件づくりをしているように感じます。ここには、何千年も人の手が加わっていないような自然、そしてそこで歴史的にどう人が生きていたのかが文化として残っています。こういった力のある場から完全に切り離された生活を送っている人々に、どう接続してもらうか、が次のポイントです。KOTOWARIではリベラルアーツ的なアプローチを取って、凝り固まった思考の枠を段階的に外していきます。
去年は環境問題が問題となっている原因を社会構造から問いました。自由な個人が経済活動をすることによって不平等が生じてきた歴史、それが我々の社会を形作り、個々人の一人ひとりの中に根深く入り込んだということを確認したんです。その過程で参加者それぞれがこれまでどのような選択や経験をしてきたのかを内省してもらうための問いかけをグループで実施もしています。
それらの講義とは逆に、自分の目で見て手で触り、考える時間も多く取りました。ブナの原生林の中に立ったり、博物館でかつての生活の形に触れたりすることで、新たに思考を組み上げるプロセスですね。解体と創造のプロセスを行ったり来たりするなかで、一人ひとりがなにを思うかを丁寧に拾い上げていきます。最後には、そこで得た気付きを物語として創造的にまとめてもらう。キャンプを通じて自分自身の内面で気づき感じたものと、外側の普段生活している空間、社会や自然とをどうつなげるかという問いかけになっています」
酒井「今年のテーマは科学技術ですよね。これが個人的にすごい好きなんです。僕は科学技術を否定したいわけではありません。ただ、それだけが知識のあり方として認められている状態を変える必要があると思っているんです。互いに補い合えるような、知のあり方のはずなんですよね。KOTOWARIが科学でも非科学でもない、第3の道を模索する試みになっていくと、嬉しいですね。
たとえば科学を使えば、いまお話いただいたような思想的なあるいは科学的な探求を、多くの人が体験するためのインターフェースを作れるはずです。テクノロジーを誰が作っているのかという話がありましたが、やっぱり女性が主導して作ると男性が主導したときとは違うアウトプットになるはずですよね。科学をハックして、ヒエラルキー的な構造を壊すこともできそうです。科学を否定しないことが大切です。科学を生み出したのも人間です。そここそが実装の場でもある気がしています。こういったことを考える人が増えるのはいいことだと思います」
(続く)
□酒井功雄(さかい・いさお)アーラム大学3年休学中。2001年、東京都中野区出身。19年2月に学生たちの気候ストライキ、“Fridays For Future Tokyo”に参加。その後Fridays For Future Japanの立ち上げや、エネルギー政策に関してのキャンペーン立案に関わり、21年にはグラスゴーで開催されたCOP26に参加。気候変動のタイムリミットを示すClimate Clockを設置するプロジェクトを進め、1300万円をクラウドファンディングで集めた。現在は米国インディアナ州のリベラルアーツ大学において、平和学を専攻。 Forbes Japan 世界を変える30才未満の日本人30人選出。
□青木光太郎(あおき・こうたろう)1992年、千葉県生まれ。翻訳家、探求者。一般社団法人KOTOWARI代表理事。米ウェズリアン大学では哲学を専攻。卒業後、投資運用会社のBlackRockに勤務。その後、東京大学で開催した公開講座や教育の本質を考察するウェブメディアの連載など、教育関連の事業を経験。インドのヒマラヤ山脈などでの数年の瞑想修行などを経て帰国。KOTOWARI会津サマースクールを主宰。
□一般社団法人KOTOWARI 福島県奥会津での宿泊型集中学習を核に、高校生や大学生を対象とした探究型の環境教育プログラムを提供。大学の研究者、海外大学の大学院生・卒業生、地域の事業者や活動家、自然の原体験といった多様な情報の源泉に触れながら、参加者は対話を中心としたリベラルアーツと深い内省を組み合わせた学びを得る。経済や環境の多層的な理解を身につけると同時に、各々の世界に対する先入観や自分に対する固定観念を取り払い、自分自身と世界、自然のつながりを築く価値観、世界観を醸成する。代表理事に青木光太郎氏、事務局長に宇野宏泰氏。また一橋大学名誉教授・野中郁次郎氏、ハーバード大学経営大学院教授・竹内弘高氏が理事を務める。今年8月17日から21日には福島県南会津町・会津山村道場にて2回目のサマースクール(https://kotowari.co/summer-school-2022/)を開催予定。