井筒監督「監督がセクハラするなんてこの世の終わり」 映画界の性加害報道に思うこと
今春、相次いで発覚した映画界の性加害問題は、業界内に大きな激震をもたらした。告発の中には、直接の性加害の他、撮影現場で女優への配慮を求める内容のものも。女性への配慮が以前にも増して重視される時代、日本映画はどのような岐路に立っているのだろうか。ピンク映画出身で「パッチギ!」などの代表作で知られる井筒和幸監督に、映画界の今と今後を聞いた。
ピンク映画出身で「パッチギ!」などの代表作で知られる大御所
今春、相次いで発覚した映画界の性加害問題は、業界内に大きな激震をもたらした。告発の中には、直接の性加害の他、撮影現場で女優への配慮を求める内容のものも。女性への配慮が以前にも増して重視される時代、日本映画はどのような岐路に立っているのだろうか。ピンク映画出身で「パッチギ!」などの代表作で知られる井筒和幸監督に、映画界の今と今後を聞いた。(取材・文=佐藤佑輔)
――一連の報道について、監督の受け止めは。
「世間で言われている以上のことは分からないよ。映画界全体への影響? 大してないんじゃないかな。一口に映画界といっても何百組とある。みんながみんなそうだと思われることは心外だな」
――センシティブなシーンについて、俳優と制作の間に入って交渉するインティマシー・コーディネーターという存在も注目されている。
「若手の女優が撮影に入れたって話は聞いてたよ。へえ、そんな人道的(笑)な仕事があるんだって。でも、それは元から現場がしてることだよ。間に人が入るというのはよく分からないね。そもそも、こんなことは従えません、これはNGですというのは、クランクインする前に全部契約しておくものだろ。日本には分厚い契約書はないけれど、そもそもキャスティングの段階でそれは了解のもとで進むんだし、従いませんは元からないよ。現場に入ってから大女優だからゴネられたっていうのは聞いたことはあったけど。だいたい、問題が起こったらそれは弁護士の仕事だろう。弁護士付きで現場が進んだなんて試しはないよ」
――濡れ場などの露出の多い撮影にスポンサーなど撮影スタッフ以外の人間が来ることはあるのか。
「スポンサーが一番重要だろう。金出してる人間なんだから。映画界ではエグゼクティブ・プロデューサーというけど、金を出してるトップが現場に現れるなんてのはどんな場面であれ当たり前のこと。ただ、わざわざエロいシーンだけ見に来るようなのはいないよ。よっぽどスケベなミーハージイさんでもない限り、そんなのことはあり得ない。
気遣いは当然の事だよ。生々しいことやってるんだから。みんなそれぞれが配慮して、常識の中でやってきてるんだよ。分かってないのは新米スタッフだけで、そういうやつは叱られて覚えていく。だから、そういう阿吽(あうん)の常識でやってる現場に、急にその呼吸の知らない人間が入ってくることはどうも解せないな。どうしてもそういう人間を入れなきゃいけないんだったら、制作部も監督も初めからそんなキャスティングはしないよ。現場で勝手なことはされたくないから。法律で決まってるんだったら別だけどね。
山奥行って便所がないところで撮影して、『トイレがないんだったら辞めます』なんてそんな女優はいないよ。みんなその辺で尻まくってやってたよ。どうしても嫌なら最初から契約書に書いてもらえって話、『山での撮影はトイレ完備でお願いします』って。それでプロデューサーが応じるか、どうかな。じゃあ別のやつでいいかってなると思うよ。知らないけどね」
撮影内容を細かく契約書に明記しておかなきゃいけないような時代になった
――「やっぱりできません」と撮影が止まってしまうことはないのか。
「最初は入浴、セックス場面で脱ぎありで大丈夫って言ってたけど、実際に裸のシーンでおじけづいたとか、そういうケースは今までもあったと思う。でも大体聞くのはクランクアップした後の話。みんなで打ち上げしてるときに、実はそんなもめ事もあったんですよと。撮影が止まったことは何回もあるよ。役者が下手過ぎたり、セリフが全部飛んじゃったりで撮影が何時間も中断したり。そんなことはどこの現場でもあるし、それは役者の気分が整うまで待ってあげるしかない。ただ、それで映画自体が中止になったなんてことは聞いたことがないね。
俺はピンク映画の出身だから、農家のご主人に許可取ってミカン畑でセックスシーンを撮ったりもした。恥ずかしいからできませんなんて子は初めから来ない、みんな志を持ってやってる子ばかりだった。途中で生理になっちゃった女優くんが泣きそうになってたこともあったけど、それは恥ずかしいからじゃなく、自分に対して悔しいから。みんなに迷惑かけてるっていうね。助監督がタンポン買いに町まで行って。そういう世界だったんだよ」
――濡れ場のシーンで前貼りは必ずするものなのか。
「普通はみんなしてるよ。ただ、うちの現場では『岸和田少年愚連隊』ぐらいか、確かに放り出してやってる男優もいた。でも、普通の現場は『そんなの隠せよ、気持ち悪い』『気を遣え!』って怒られるよ。スタッフだって嫌だろう、目の前でそんなの見せられるの。あれは役者が恥ずかしいからつけてるわけじゃなく、お互いが見たくないからつけるもの。誰だって仕事してる横で性器がうろついてたら嫌だろ。そのための礼儀としてできたもので、恥ずかしさを隠すものじゃないよ(笑)。
逆に言うと、もっとオープンでもいいと思うんだけどね。法律の話よ。日本の場合は映しちゃならないから、あとで画面処理して消さなきゃならない。これが面倒なわけよ。カットするかボカシを入れたり、フレームを切ったり。自由に撮れないという面倒がある。そういう事情もあって、前貼りをしないと撮れないわけよ」
――今後、撮影現場でトラブルとならないために必要なことは。
「契約書を作ってやることだね。今まではそういう出演契約書がはっきりとした形ではなかった。俳優のプロダクションと制作の間でギャラの契約はしてても、細かいシーンについてあーだこーだと騒ぎが起こるようなことはなかったから。だってみんなやりたいからやるわけでしょ。合意の上でキャスティングしてるんだから。今後は細かいことも、『こんなことは言いっこなしね』とかそれを契約書に明記しておかなきゃいけないような面倒な時代になったねということでしょう。
ただ、いくら契約書が細かくなろうが、制作部は撮影に不利な契約はまず結ばない。じゃあ他の人でいいです、どうぞお引き取りください。代わりはいくらでもいますのでって。そこはこの先も変わらないよ。ここで全裸のセックスシーンがありますよ、ここは一日中徹夜でも撮りますよとか、それが契約。それでOKしたら何も問題ない。
今までだって、そういう細かいところも全部聞いて確認してたけど、それが文書になってなかっただけ。あれほど念押ししたのにまだガタガタ言ってんのかってことも他所の組はあったのかな。だから、契約書に残す方がお互いにとっていいんじゃないの。問題を起こしそうなら最初から契約しなきゃいいんだから」
――監督にとって、時代が変わったと感じることは
「別にないね。よく聞かれるけど、何も変わりませんよ。役者に配慮するのは今まで通りだろうし。なのに、監督がセクハラするなんて、それこそこの世の終わり。映画が泣いてるよ」
■井筒和幸(いづつ・かずゆき) 1952年、奈良県生まれ。奈良県立奈良高等学校在学中に8mmと16mm映画の製作を始め、1975年、高校時代の仲間と映画制作グループ「新映倶楽部」を設立。同年、ピンク映画「行く行くマイトガイ・性春の悶々」(井筒和生 名義/後に、1977年「ゆけゆけマイトガイ 性春の悶々」に改題、ミリオン公開)にて、監督デビュー。1981年「ガキ帝国」で日本映画監督協会新人奨励賞、1996年「岸和田少年愚連隊」で第39回ブルーリボン賞 作品賞を受賞、2004年「パッチギ!」では、2005年度、第48回ブルーリボン賞 作品賞他、多数の映画賞を受賞する。その他、代表作に「二代目はクリスチャン」「犬死にせしもの」「のど自慢」「ゲロッパ!」「黄金を抱いて翔べ」「無頼」など、様々な社会派エンターテインメント作品を作り続けている。井筒和幸監督OFFICIAL WEB SITE(https://www.izutsupro.co.jp)