【THE MATCH】天心VS武尊を実況したアナウンサーが語る当日の緊張感 メイウェザーVS朝倉未来への思い
那須川天心VS武尊による「世紀の一戦」が行われた「THE MATCH 2022」(6月19日、東京ドーム)。この試合を実況したのが矢野武アナウンサーだ。矢野氏はキャリア25年に至るベテラン実況アナだが、矢野アナから見て、天心VS武尊は他の試合と何が違ったのか。さらには9月に予定されるメイウェザーVS朝倉未来の実況を担当するとしたら、何を伝えたいのかを含め、話を聞いた。(取材・文=“Show”大谷泰顕)
天心VS武尊は他の試合と何が違ったのか
那須川天心VS武尊による「世紀の一戦」が行われた「THE MATCH 2022」(6月19日、東京ドーム)。この試合を実況したのが矢野武アナウンサーだ。矢野氏はキャリア25年に至るベテラン実況アナだが、矢野アナから見て、天心VS武尊は他の試合と何が違ったのか。さらには9月に予定されるメイウェザーVS朝倉未来の実況を担当するとしたら、何を伝えたいのかを含め、話を聞いた。(取材・文=“Show”大谷泰顕)
「まず最初の音楽がかかってスイッチが入りましたよね」
この日は久々にK-1がかつて使っていた「エンドルフィンマシーン」が会場に流された。もちろん現在、K-1で使っている音楽も使用されていたし、RISE、RIZINのテーマ曲も含め、入れ替わりで会場にテーマ曲が流される。それを耳にしながら矢野アナの気分も高揚していった。
「内々に、みたいなのはフジテレビで中継をやるときから言われていました。フジが放送を中止する前から、(天心VS武尊の実況を)やってもらうことになると思います、って」
矢野武アナは天心VS武尊を実況する経緯をそう話したが、「普段、K-1の実況をやらせてもらっているので、最初にお話をいただいたときは、自分でいいのかな。天心選手側は嫌なんじゃないかな、とか思っちゃいましたけどね」と続けた。
「世紀の一戦」と呼ばれる試合の実況が回ってきても、「果たして自分でいいのか」と至って謙虚な姿勢。おそらくそれが今の時代に合っているのだろう。実際、これまでも「それは自分にやらせてほしい!」と希望した試合はないという。
「そういうことを言ったことはないですね。なんでもやります、というスタンスなので」と、やはり低姿勢な態度を見せた。
素朴な疑問として、今回の天心VS武尊の実況は、これまでの矢野アナにおける幾多の実況と何が違ったのか。これに関して矢野アナは、「公平にやらなきゃみたいなものは持っていましたけど、はじまったら一緒でしたね」と答えた。
この日の解説は、魔裟斗と朝倉未来。他にはRISEの伊藤隆代表と、K-1の中村拓己プロデューサーも解説席に座っていた。
「今、魔裟斗さんが未来選手に『天心のセコンドだったら、何を言う?』みたいなやりとりがあったり。そういう意味では放送席もすみ分けがされていたと思いますし、そうキャスティングしたんだと思いますね」
勝敗を予想して実況はしない
1980年代、「ワールドプロレスリング」の実況を担当していた古舘伊知郎アナが象徴的なように、完全にアントニオ猪木寄りで実況する方もいたが、天心VS武尊では、魔裟斗の解説がそれと似たものがあった。
「魔裟斗さんはどう考えても武尊選手寄りで語っていましたね。普通は誰がこうなった、って話をするんですけど、魔裟斗さんはずっと主語がなくて。『(武尊が)もらいましたね』『(武尊が)入れましたね』と言っていましたけど、たぶん、それは武尊選手が主語で。だから逆に未来選手には天心選手のことを聞いていく感じでしたけど、途中で、未来選手が武尊選手寄りに話し出していた場面もありましたね」
天心VS武尊は、試合前の段階では3分3Rの延長1Rが予定されていた。例えば、矢野アナはどんな予想をしながら実況していたのか。
「自分関しては、まったく想像しないで、こうなったらどうしようとはあんまりないんですよね。自分の主体的にはなにもないです」
では、一番大変だったことは?
「うーん……。自分たちって選手が入ってくるときの入場実況があるんですけど、自分の場合は事前に考えてやるんですね。そうじゃない人もいますけどね。選手の姿を見て、『笑ってます』とか、『会場はこういう反応をしています』『セコンドには誰がついています』って状況を説明する場合もあります。見てわかるもの、もしくはストーリーを説明する場合、ほかには『この闘いは過去に何勝何敗で、いよいよ決戦です』って戦績を紹介する場合とか、そういうことを考えるので、その準備が大変だし、その準備をするってことは、両選手のバックボーンを含めて、それが分からないと入場ナレーションをつくれないので、それ用の実況をつくる=その選手を取材するって感じですね」
ならば、これだけは言おうと決めていたことは?
「それはやっぱり実現までにほぼ7年あって、武尊選手は闘いたい。そのことを言いたい。でも言えない。その武尊が背負っているものは伝えたいと思っていました。それは入場のときに実況者に与えられている時間だからナレーションも考えましたね」
そう言って、実際に使われたシートを見せてもらったが、そこには「執念」の言葉とともに、当日の武尊の入場時に使用された文章があった。
「2人の対決は実現することがなかなかできなかった。その間、ネット上には『武尊は天心から逃げている』『K-1は鎖国を敷いて武尊を囲っている』『ネットやSNSには容赦ない言葉が連日、武尊に浴びせかけられました』みたいなことをしゃべっている間に、リングの内外でどんな動きがあるか分からないし、仮にゲラゲラ笑っていれば、そっちを追わないといけないんですよね」
メイウェザーVS朝倉未来をどう実況するか
ちなみに、25年にわたる実況人生において、矢野アナが「よくぞ乗り切った」と思った場面はいつだったのか。それを聞いてみたところ、「まさに今回がそれでした」との返答だった。
「今回の『THE MATCH 2022』に至るまでの4日間に3つ仕事があったんです。まずスポーツ系バラエティー。これはデッカい声を出して盛り上げなきゃいけないもの。それを2本やりました。大会前日はラグビーの日本代表VSウルグアイ代表があって。その頃から、『これはヤバい! 声が出なくなる……』って思った瞬間もあったんです」
そう言って悪夢のような瞬間の話を口にする矢野アナ。
「過去の例だと、大きな声を出すと、その2日後に出なくなるとかってあったんですよ。普通にしゃべっていても、急に声が出なくなるみたいな。そういうことがあるので、めちゃくちゃ怖いんです。実際、過去には『声が出ません』『行けません』ってこともありましたしね。それこそピンチヒッターで同じ事務所の人間に助けてもらったりしたこともありました」
矢野アナの所属するボイスオンには、市川勝也アナ、高橋大輔アナなど、ピンチヒッターを任せられる人材はそろっているが、だからといって頻繁にそのお世話になるわけにもいかない。
当然のことながら、ノドのケアには十分すぎるほど気を遣っている。
「だから自宅にも加湿器はありますし、携帯用の加湿器は手放せないですね」
実際、携帯用のそれを見せてもらったが、タバコくらいのサイズの容器からゆっくりと噴き出す白い水蒸気によって、最低限のノドの潤いを確保するような雰囲気だった。いくらデジタルな時代になったとはいえ、最後はそうしたアナログに近いものでしか対応が効かないのも興味深い。
この後はどうなるのか分からないが、少なくとも今現在は人間によってしかできない領域が存在していることが分かっただけでも大きな収穫だと思う。
さて、ここまで実況者への素朴な疑問を含めた質問をしてきたが、「世紀の一戦」を終えた今、次なる注目の一戦となると、9月に予定されているフロイド・メイウェザーVS朝倉未来の試合になる。これに関して矢野アナは、「会見も拝見したし、担当するのかは分からないですけど、自分だったら……とは思いながら見ていますね」と答えた。
そこで、もし矢野アナが担当することがあれば、という仮定の話を聞いてみると、鍵はやはり入場にありそうな返答だった。
「まあ、メイウェザーがかなり舐めた感じがあるじゃないですか。だから可能性としては、朝倉選手がメイウェザーをやっつけると、たぶんカタルシスとか、気持ちいい人もいるんだろうし。そういうことはあるかなとは思いながら、さて、それを入場にどう入れようかなっていうところから、ですよね」
□矢野武(やの・たけし)スポーツ実況アナウンサー。「K-1 WORLD GP」「RIZIN」「ラグビー中継」「炎の体育会TV」「魔改造の夜」などに出演中。矢野さんが代表を務める「ボイスオン」ではスポーツ実況アナウンサーを募集中。