東大卒サラリーマン作家・結城真一郎が目指す固定観念の打破 最新鋭トリックでミステリー界に新風

YouTuber、リモート飲み、マッチングアプリといった現代ならではのモノやコトを巧みにトリックに取り入れた“新感覚ミステリー”で異彩を放つ新人作家がいる。結城真一郎氏(31)だ。5つの短編小説からなる最新作「#真相をお話しします」(新潮社)収録の「#拡散希望」を、発売前にネットで全文無料公開・無料配信したところ、韓国の出版社からオファーがあり、翻訳が決定した。“ネット戦略”でも存在感を増している。東大法学部卒のサラリーマン兼業作家に、いまの時代にミステリーを書く意義を聞いた。

気鋭のミステリー作家・結城真一郎氏の新作「#真相をお話しします」が話題だ【写真:ENCOUNT編集部】
気鋭のミステリー作家・結城真一郎氏の新作「#真相をお話しします」が話題だ【写真:ENCOUNT編集部】

考察ブームは“追い風” 発売前に韓国の出版社から異例オファー

 YouTuber、リモート飲み、マッチングアプリといった現代ならではのモノやコトを巧みにトリックに取り入れた“新感覚ミステリー”で異彩を放つ新人作家がいる。結城真一郎氏(31)だ。5つの短編小説からなる最新作「#真相をお話しします」(新潮社)収録の「#拡散希望」を、発売前にネットで全文無料公開・無料配信したところ、韓国の出版社からオファーがあり、翻訳が決定した。“ネット戦略”でも存在感を増している。東大法学部卒のサラリーマン兼業作家に、いまの時代にミステリーを書く意義を聞いた。(取材・文=吉原知也)

 ミステリー界で最も権威ある文学賞の1つ「日本推理作家協会賞」で第74回短編部門を受賞した「#拡散希望」。スマホの動画配信と島に住む子どもたち4人を巡るストーリーは、大どんでん返しでゾクゾクする。YouTuberを題材にして時代の最先端を切り取った。「社会に対するメッセージ性を押し出したわけではありませんが、YouTubeは面白いツールであると同時に、どこか過熱し過ぎているという感覚を持っています。『そこまでするか』みたいなことをやっちゃうYouTuberがいる現状もあります。本来であれば抑えられていたタガが外れ続けること、私生活の切り売りがいくところまでいった時にどうなるのかを考えた中で、到着点を描いたイメージから生まれました。それに、子どもたちがなりたい職業でYouTuberが1位という事情を踏まえ、子どもを主人公に据えました」。

 現代の生活に身近なガジェットをプロットに落とし込み、人間の怖さを描く。「例えばリモート飲みを使おうと最初に決めた上で、もし自分が利用者だとして何が起きたらびっくりするかな、その状況に置かれた中で最も突飛な行動はなんだろう、と考えていきました」と制作手法の一端を明かす。それに、マッチングアプリを取り上げた「ヤリモク」は、登場人物たちの描写が生々しく、現実に起きた出来事のように思えてしまう。「男女問わず周囲の人たちの体験談を聞きました。真剣な出会いを求めてやってる人もいれば、そうでない人もいます。それを通じて実際に結婚した友達もいます。男女の出会いの場という意味で共通する合コンも含めて、いろいろな話を参考にしてリアリティーを出しました」。日常と地続きの感覚を意識したという。

 現代の新しい価値観がもたらしたいまの時代ならではの“新しい動機”を描いたことも高く評価されている。「どんなミステリーを書いても、古典的なものの焼き直しや現代風アレンジの組み合わせと思われがちな部分もありますが、それ自体は個人的に悪いことだとは思っていません。そうやってアップデートしていくことは大切です。一方で、完全に真新しいものにチャレンジしたい思いもあります。5年前にはなかったけれども、いま当たり前に存在するもの。それを使うことによって生じる新しい動機、それを用いる人間の新しい行動原理、そういったものでミステリーの新しい鉱脈を掘り当てられるのではと思いました」

「固定観念が、ミステリー小説を手に取ろうというハードルをちょっと上げている」

 一方で、ミステリーにはどこか古典的な“よくあるトリック”の印象が付きまとう。それに、DNA鑑定といった捜査技術の発展など社会情勢の変化により、トリックの成立が難しくなってきているとも言われている。「自分の周りを見てみると、ミステリー小説に対してどうしても、何人もの人が孤島の洋館に閉じ込められたり、何か時刻表をにらめっこするようなイメージを持つ友人が少なからずいます。そうした固定観念が、ミステリー小説を手に取ろうというハードルをちょっと上げているのかなと思う部分もあります。そこは自分たちの生活の延長線上にあるものをテーマに据えることで、少しでもハードルを下げられるとポジティブに捉えています。それに、トリックの議論で言うと、当然制約は出てきますが、個人的にはそんなに不都合は感じていなく、新しい着眼点を通して切り開く余地はあると思っています」と力強い。

 むしろ、エンタメ界で定着しつつある“考察ブーム”を追い風と見ている。「目の前の謎に自分なりの解釈を加えて、ここまでの話からこんな答えが導き出せるといったことを考えて、SNSで共有して議論する。SNSの発展によって、そんな考察を楽しむ土壌が出来てきたのではないかと思っています。ミステリーがウケるという空気を肌で感じています」。

 ネット社会に対応した戦略が奏功した。出版社主導の企画で、発売前の短編の1つをネットで全文公開。それを読んだ韓国の出版社から出版オファーが舞い込んだ。新潮社の担当者によると、同社では発売前から先行しての契約はこれまでになく、異例という。中身が評価されての結果。「想像以上で、まさにネット時代の効果を実感したところです」と語る。

 名門・開成から東大法学部へと進んだが、「そのままレールに乗っかるのは面白くない」と、幼い頃から夢見てきた小説家になることを決意。民間企業で働き、時間のやりくりに苦労しながら作品を紡ぐ“サラリーマン作家”でもある。今後目指すところは。「自分が読み親しんで憧れてきたのは、伊坂幸太郎さん、宮部みゆきさん、東野圭吾さん。誰もが名前を知っていて、読書家じゃなくても1冊ぐらいはどこかで読んだことある、そういった立ち位置の作家が目標です。そのためには、目の前で自分が面白いと思ったものを、最善の形で書くことを地道にやっていくしかないと思っています。SNS発信もうまく使いながら、着実に一歩ずつ高みを目指していけたら」と前を見据えた。

□結城真一郎(ゆうき・しんいちろう)、1991年、神奈川県生まれ。開成中・高から1浪で東大法学部に合格・卒業。一般企業に勤めながらミステリー小説を書き続け、2018年に「名もなき星の哀歌」で第5回新潮ミステリー大賞を受賞し19年にデビュー。21年、「#拡散希望」が第74回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。同賞の受賞は平成生まれ(平成3年)としては初となった。特技はサッカーで、高校時代は俊足の大型FWとして活躍。

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