那須川天心―武尊が東京ドームに生み出した異常な熱 記者が感じた「6・19」という1日

メガイベント、夢のドリームマッチ、“世紀の一戦”――。この戦いにはさまざまな呼称があった。天心と武尊の2人が新たな1ページを作り上げた決戦の地、東京ドームで試合を体験した記者が現地の様子をレポートする。

他の誰にもまとえないオーラを放った那須川天心の入場【写真:山口比佐夫】
他の誰にもまとえないオーラを放った那須川天心の入場【写真:山口比佐夫】

実際に取材した記者が世紀の一戦をレポート

 速すぎるカウンターを思わず見逃す。天心、上手すぎると再確認した。

 格闘技イベント「Yogibo presents THE MATCH 2022」が19日、東京ドームで行われ、キックボクシング界の“神童”那須川天心(TARGET/Cygames)が“ナチュラルボーンクラッシャー”武尊(K-1 GYM SAGAMI-ONO KREST)に5-0の判定勝利を収めた。

 メガイベント、夢のドリームマッチ、“世紀の一戦”――。この戦いにはさまざまな呼称があった。天心と武尊の2人が新たな1ページを作り上げた決戦の地、東京ドームで試合を体験した記者が現地の様子をレポートする。(島田将斗)

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“世紀の一戦”当日の朝。強すぎる日差しで目を覚ました。前日の嫌な感じの雨がうそかのように晴れ渡っている。誰もが待ちわびた決戦の日。子どものような考えかもしれないが天心―武尊のために晴れたんだ――。純粋に思ってしまった自分がいた。

 格闘技界に新たな歴史が生まれる地は「東京ドーム」。普段はプロ野球・巨人の本拠地であり、アーティストのライブが行われる場所としてのイメージが強い。だが、この日は全く違った。

 後楽園駅を降りるなり、いかにも格闘技が好きそうなファンであふれている。ドームの裏にある駅ですら、この人数だ。正面の入口はどうなっているのだろうかと考えながら東京ドームへの歩道橋を渡った。

 開場の1時間前、オープニングマッチまで2時間以上もある。にも関わらず東京ドーム前は多くの人でにぎわっていた。27度あった気温もこの人たちのせいなのではないかと錯覚(さっかく)してしまうほどだ。“世紀の一戦”の注目度、期待感を再確認する。

 待機列に並んでいる観客の中には車中泊をしてきた人、朝4時に家を出て新幹線で訪れたという遠方からのファンもいた。誰もが今日目の当たりにする歴史的な試合の連続に胸を高鳴らせ、目を輝かせている。。

 11時、いよいよ開場だ。オープニングマッチ前というのにどんどん人が流れ込んでくる。新型コロナウイルス禍もあったせいだろうか、試合前に客席が埋まっていく様子を見たのは初めてだった。

最大級の緊張感が会場を包んだ【写真:山口比佐夫】
最大級の緊張感が会場を包んだ【写真:山口比佐夫】

RISE、K-1のオールスター戦も“前座”になってしまう2人のオーラ

 オープニングマッチでは那須川天心の弟・龍心(TEAM TEPPEN)が、大久保琉唯(K-1ジム・ウルフ TEAM ASTER)が会場を温めた。歓声と拍手からRISE、K-1対抗戦、天心―武尊に向けて観客にもスイッチが入るのが分かる。

 突然の出来事だった。観客の興奮冷めやらぬなか、落ち着いたピアノの旋律が会場を包み込んだ。興奮していた会場も静まり返り、モニターに視線が集中した。

 歴史の1ページが始まる。RIZINでおなじみの精鋭チームが手掛けた煽りVTRが流れる。その映像はまるでドキュメンタリー映画。青々とした草原の中から天心が、ビルの屋上から武尊が登場し、映像であるにも関わらず拍手が起きていた。

 出場選手が続々と決戦の舞台へと歩みを進める。ついに天心と武尊がファンの前に姿を現した。割れんばかりの歓声だ。リングに上がると2人はガッチリと握手。記者自身も胸の高鳴りと同時に、今日で終わってしまうのか――。そんな寂しさもどこかに感じてしまった。

 いよいよ始まる。オープニングマッチから8時間以上経った午後9時過ぎ、2人が再び会場に入場。今大会アンダーカードがRISE、K-1のオールスター戦で全てが白熱し、上質だったが、2人を目の当たりにすると、やはり“前座”だったと感じた。

 ともにオーラが違った。ゴンドラの上から観客に向け拳を突き上げると、割れんばかりの歓声と拍手が東京ドームから起きた。花道は対照的。武尊は周りを見ず、ただ足元を見つめながら入場。一方の天心はいつも通り、観客を目に焼き付けながらの入場となった。リングインすると会場は自然と静まり返り、緊張感が生まれた。実現まで2402日。ついに拳をまじえる瞬間が訪れた。

その時、武尊はすでに倒れていた【写真:山口比佐夫】
その時、武尊はすでに倒れていた【写真:山口比佐夫】

速すぎるカウンター、プレス席に飛び交った「今の何だった?」

 ゴングが鳴った。1R、天心は左ストレートから入る。武尊の強烈な右ミドルが飛んできても下がることない。左ハイキックを返し、その後すぐにワンツー。持ち前のスピードでヒット&アウェイ。武尊を寄せ付けない。

 ラウンド中盤に入ると、右のリードジャブが武尊を捉え始めた。もう距離を掴んだのか――。ジャブを当ててからは、やはりいつものパターン。得意の飛び膝なども放っていく。

 その瞬間は、まさに一瞬だった。速すぎる。気づけば武尊が膝をついていた。見えなかった。「今の何でしたか?」と周りの記者に聞いてしまった。勝負の分かれ目の大きなポイントとなったカウンターの“左ストレート”だった。私だけでない。プレス席の各所から「今のは何だった?」の声が漏れていた。それぐらいコンパクトで一瞬だった。

 息つく間もなく2Rが始まる。天心はジャブを主体に試合を組み立てる。このまま天心が押しきるのか――。そんな思いも束の間、試合の流れを変える出来事があった。バッティングだ。天心は右目の痛みを訴え、試合が止まる。リングドクターに触られることを拒絶。苦悶(くもん)の表情を浮かべながら顔をしかめた。

 試合が再開。クリーンヒットではないが、武尊の重い拳を被弾し始めた。なんとか2Rを闘い抜いた。

 運命を決める最終ラウンドが始まる。前に出るしかない武尊は大振りになってきた。天心は逆に冴え渡る。ダッキング、スウェイしながら打撃を回避し続けた。まさに技術が“神童”には結集していた。

 ラスト1分を切ると武尊はノーガードで次々とフックを繰り出す。それをいなしながら天心も攻めた。ファンも声を出し、必死に両選手に声援を送り続けた。試合終了のゴングがなる。今後、二度と見られない最高峰の対決が終わってしまった。

現地にいた5万6399にんのファンが熱狂した【写真:山口比佐夫】
現地にいた5万6399にんのファンが熱狂した【写真:山口比佐夫】

伝説の一戦に東京ドームは地響き

 終わってみれば5-0(29-28、30-28、30-28、30-28、30-27)で天心の完勝。やっぱり強かった。判定を聞くなり、この日最大の歓声が地響きとなって会場を揺らしたように思えた。交わることのなかった2人が、リングの上で涙を流しながら抱擁する姿は決して忘れることのできないものになった。

 天心の入場曲「止まらないHa~Ha」は、今では私の勝負曲になっている。キックボクシングで初めて心を動かされたのが那須川天心だった。この瞬間に、この場所に、この時代に生きていて良かったと心の底から思えた。こんな興奮はもうないのではないかと不安になるほどだ。

 試合後、「日本のエンタメの中で1番、盛り上げた大会だと思う。『格闘技も捨てたもんじゃない、格闘技が最高だろう』と日本中に伝えられたと思います」と天心は胸を張った。

 キックボクシング42戦無敗でボクシングの世界へ飛び立つ“神童”。そして誰よりも実現に尽力した武尊に心からの感謝と敬意を表したい。会場を出たのは日付が変わる寸前だったが、疲労よりも高揚感が上回った。一記者として、格闘技界をもっと盛り上げたいと心に誓った夜だった。

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