“いぶし銀”木戸修が語る師アントニオ猪木への想い 「いなかったら、俺の今はない」
「猪木さんがいて、俺たちがいて、新日本は良い団体になっていったんだ」
――振り返ってみて、猪木さんとゴッチさんの存在が大きかったですか?
「そうだな。猪木さんがいたから、プロレス界は盛り上がった。猪木さんがいなかったら、俺も今、こんな生活できてないよ。猪木さんはなんやかんやと言われたけど、まあ何か他のこともやっていたのかも知れないけど、俺たちには良くしてくれたんだ。お金の面でも生活のなんやかやでも、きちんとやってくれた。猪木さんがいて、俺たちがいて、新日本は良い団体になっていったんだ。やっぱ、猪木さんはスゴイ人なんだよ。他の人間、普通のヤツが頭になっても、猪木さんのようにはいかない」
――猪木さんに早くお元気になってほしいですね。
「そうだよな。人生、遅かれ早かれ、避けられないこともある。でも、猪木さんは普通の人じゃないから……」
――木戸さんと同年代のレジェンドたちも、木戸さんよりも若い世代の人たちでも、体がきつくなっている方がいます。木戸さんはお元気ですね。
「大変だよな。みんな体がデカいからな。体力は残念だけど落ちていく。どこか悪くなってしまったら、どんどん悪化してしまうし。まあ、自分の考えだよ。健康を最優先にして自制していくか、楽しく過ごしていくのか。他人がとやかく言うことでもないよな」
――木戸さんはすっぱりと引退されました。2001年11月の引退試合後は、特別な試合には参加されましたが、カムバックはされませんでした。まるでマイクを置いた山口百恵さんのように、リングシューズを脱いでしまったんですね。
「まあ、声がかかれば試合したけど、本格復帰する気はなかったよ。時間に余裕もできた、子どもたちの成長をしっかりと見られて楽しかった。小学校のころから、車でゴルフ場に送っていったんだ」
――ジュニアのころから愛さん(※女子プロゴルファーの木戸愛)はご活躍でしたよね。
「試合にいっぱい出ていたんだよ。試合会場や練習場所に送迎した。応援したり、レッスンを受けているのを見ていて、俺も勉強したりな。あの頃のことは、今でもよく思い出すよ」