T-BOLAN森友嵐士の“困難を乗り越えるヒント”「結果ばかりの時代に逆行したっていい」

ロックバンド「T-BOLAN」のカリスマ的存在だったボーカルの森友嵐士が、全盛期の1994年に当時原因不明の難病を発症し、それから10数年もの間、歌えなくなってしまった。再び歌える補償は何1つない中、長い時間をかけて懸命にリハビリを行い、奇跡の復活を果たした。これまで多くのメディアで語られてきたあまりにも有名な話だが、あらためて今、この時代だからこそ彼の「諦めない気持ち」に触れてみたいと思った。

「T-BOLAN」森友嵐士【写真:塩見徹】
「T-BOLAN」森友嵐士【写真:塩見徹】

自分でたどり着かないと手に入らない大きな喜びという挑戦権

 ロックバンド「T-BOLAN」のカリスマ的存在だったボーカルの森友嵐士が、全盛期の1994年に当時原因不明の難病を発症し、それから10数年もの間、歌えなくなってしまった。再び歌える補償は何1つない中、長い時間をかけて懸命にリハビリを行い、奇跡の復活を果たした。これまで多くのメディアで語られてきたあまりにも有名な話だが、あらためて今、この時代だからこそ彼の「諦めない気持ち」に触れてみたいと思った。(インタビュー・文=福嶋剛)

――森友さんは心因性発声障害という難病を発症して、治る補償がない病と10年以上も闘い続け、このステージに戻ってきました。率直に本当に強い人だなって。

「全然強くないですよ(笑)」

――森友さんの「諦めない気持ち」はどこから生まれてくるのか。あらためてお聞きしたいです。

「人生の中で『ああ、生きててよかった!』って飛び上がって喜ぶようなことってどこにあるのかなって思ったとき、俺は挑戦できるものがあってそれを超えたときだと思っているんです。とても苦しいかもしれないけど、登って、登ってやっとたどり着いたところの景色を初めて見た瞬間、これほどうれしいものはない。確かに山登りみたいなものかもしれないですね。

 何かを失ったり、足りないものがあったり、とても高いハードルが目の前にあると、『挑戦権をもらった』という気持ちになるんです。例えば歌を1つとっても歌えなくて苦しくて何回やってもうまくいかないなあと思っていたとき、たぶん最初の頃は『畜生!』って思っていたかもしれない。けれど挑戦できるというレベル。なかなか手に入らないものを手に入れた時の喜び。俺はどこかでそれを知ったのかもしれません。

 1人じゃできないから、いろんな人に助けてもらって、笑いもあるし涙もある。感謝の気持ちも芽生えて、そんなドラマが自然と生まれるんです。だから何かを失ったとしても、自分が行きたい場所に向かって歩くこと以外に俺がしたいことってないんですよ」

――「挑戦権をもらった」という表現はとても熱くてポジティブな言葉です。

「俺の友人で青木拓磨というバイクレーサーがいて、練習走行中の事故で下半身が動かなくなってしまい、彼が10数年かけて去年、国際自動車レース最高峰の『ル・マン24時間耐久レース』に出場して完走したんです。彼がル・マンを走り切ってこう言ったんです。

『事故で失ったものがあったから向かう場所ができた。本気でそこに向かおうとしたときに力を貸してくれる人がたくさんできた。感謝がたくさん生まれた。そして僕は宣言してル・マンを走りました。障害も悪くないね』」

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