文武両道の「大日本プロレスの宝」野村卓矢 短歌コンクール入選でマット界初の快挙

リング上では殺気みなぎる激しいファイトでも、すてきな短歌を詠む。大日本プロレスの野村卓矢が「第23回万葉の里 短歌募集 あなたを想う恋の歌」で入選した。

村上春樹「1Q84」の世界が表現されたTシャツを愛用する野村卓矢【写真:柴田惣一】
村上春樹「1Q84」の世界が表現されたTシャツを愛用する野村卓矢【写真:柴田惣一】

「あなたとの おとぎ話を 始めよう 千年先まで 想いつないで」

 リング上では殺気みなぎる激しいファイトでも、すてきな短歌を詠む。大日本プロレスの野村卓矢が「第23回万葉の里 短歌募集 あなたを想う恋の歌」で入選した。

 知人の勧めで応募してみたという野村だが、今年は2万5000首を超える短歌の中から選ばれたとあって「まさか入賞するなんて思いもしなかった」と驚きを隠せない。

 受賞作品は「あなたとの おとぎ話を 始めよう 千年先まで 想いつないで」。

 万葉集を意識した千年という悠久の時空、おとぎ話というロマンチックな言葉。自分が先生なら花丸をあげたい素晴らしいできだ。実は野村は文武両道。元々の先祖は京都の出で、和歌をたしなむ源氏の家系だったそうだ。月を愛し、夏目漱石が英語教師時代に「I LOVE YOU」を「月がきれいですね」と訳した話が好きだと、はにかむ。

「5・7・5で17文字の俳句、5・7・5・7・7で31文字の短歌。限られた文字数の中で季節や心のうちを表現するなんてすてきだと思います。同じことでも言い回しによって、だいぶ違ってくるのは、詠み手の感性の違いでしょうね」とにっこり。それは「プロレスにも通じるのでは? 同じ技でも使い手によって変わる」と続ける。

 そして「試合の翌朝、体の痛みと共に浮かんでくることが時々あるんです。特にビッグマッチやタイトルマッチの翌朝には」と明かした。

 確かに、作ろうと思っても、なかなか作れるものではない。試合の翌朝に体が痛いと歌が浮かぶとは、何とも不思議で神秘的。大日本プロレス2・19神奈川・横浜保土ヶ谷大会では、関本大介&岡林裕二の大日本最強コンビの持つBJW認定世界タッグ選手権に挑戦。アストロノーツとしてコンビを組む阿部史典と共に果敢に立ち向かっていったが、岡林の豪快なパワーボムに阿部が轟沈。残念ながらベルト奪取はならなかった。

 だが、過去に2度、同王座に輝いた経験のある野村は負けん気全開。くじけることなく「次は最短距離で這い上がる」と不屈の闘志を燃やす。翌朝も激闘のダメージで体中が痛かったと苦笑いしたが、やはり歌が浮かんできたそうだ。「習った訳ではないし、自己流なので」と、しきりに謙遜しているが、すてきな歌が浮かんでくるとはきっと素養があるのだろう。

 普段は口数の少ない野村だが、歌も自己表現の1種だ。今回は恋の歌のコンクールだが「広義の意味もある」と分析。「あなた」とは特定の人を指すのではなく、ファンのみなさんという意味もあり「千年先まで 想いつないで」というのは、プロレスが千年先まで伝承していれば良いという希望でもあるという。少し照れながら「壮大すぎますかね」と笑う。

 練習に試合に、映像を見ては昔のプロレスの研究。「まだまだ勉強中ですが、とことんプロレスを極めたい。プロレスラーとして人生を全うしたい」とプロレス漬けの毎日を送る野村のプロレス愛があふれている。

 藤原喜明や中邑真輔、山崎一夫さんは絵を描き、プロ級の腕前を誇っている。俳句や短歌を詠むレスラーは珍しい。過去には神谷英慶、植木嵩行、西村修らが伊藤園の「お~いお茶 新俳句大賞」に入選したことがあり、沼澤邪鬼も子どもの頃、俳句コンクールに入賞経験があるというが、その後、句を詠んでいるとは聞かない。今回の野村は俳句ではなく短歌で入賞。マット界初の快挙だ。ちなみに近世までは「和歌」、それ以降は「短歌」とに分類されるという。

 リング上では鬼気迫る表情で、対戦相手に「どちらの覚悟が上回るか勝負だ!」などとたんかを切る野村。だが、リング下では短歌を詠む。このギャップは魅力的だ。まさに「闘う歌人」。プロレスラーを芸術家に例える人もいる。確かに素晴らしい技も多く、美しいブリッジは虹がかかったようで芸術的だ。

 天平の昔、越前の国・味真野に流された中臣朝臣宅守と、都に住む妻・狭野弟上娘子との間に相聞歌(そうもんか)が交わされ、万葉集に63首、残されているという。相聞歌とは男女、親子、兄弟姉妹、友人など親しい間柄で贈答された歌のこと。男女の場合は昔のラブレターともいえる。

 福井県越前市は、その相聞歌の舞台・味真野があり、コンクールを主催する事務局のある場所。偶然にも4月3日には福井県で、大日本プロレスの興行が約2年半ぶりに開催される。何かの縁を感じる。

 試合の翌日、どんな歌を詠むのか。だが「いや、もう浮かんで来ないかも」という野村。創作活動は続けてほしいところだが、こればかりは浮かんでこなければ仕方ない。今回の歌は、うたかたの夢だったのかも知れない。そのはかなさが切なくて、春まだ浅い如月の空を見上げた。

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