年間200大会、1300試合を実況 “鉄のノド”持つプロレス実況アナがたどり着いた境地

新日本プロレスとプロレスリングNOAHの団体対抗戦に沸いた1・8横浜決戦の放送席にもこの男はいた。日本一いや世界一のプロレス実況アナウンサーと言っていいだろう。“鉄のノド”を持つ村田晴郎アナである。昨年2021年に、実況中継した大会は200以上。男子、女子を問わず日本の多くの団体を網羅し、試合数にすれば1300を超えている。

男女問わず多くの団体を担当する村田晴郎アナ【写真:柴田惣一】
男女問わず多くの団体を担当する村田晴郎アナ【写真:柴田惣一】

村田晴郎アナは1・8の新日×ノア対抗戦も実況

 新日本プロレスとプロレスリングNOAHの団体対抗戦に沸いた1・8横浜決戦の放送席にもこの男はいた。日本一いや世界一のプロレス実況アナウンサーと言っていいだろう。“鉄のノド”を持つ村田晴郎アナである。昨年2021年に、実況中継した大会は200以上。男子、女子を問わず日本の多くの団体を網羅し、試合数にすれば1300を超えている。

 試合会場での生中継、会場での収録、大会後のスタジオ収録など、実況態勢も様々。時には1日で、収録、生中継、収録と3団体、3大会を実況したこともある。

 量だけでなくその質にも定評がある。実況する時間の3倍から4倍の時間をかけて下調べし準備をする。多くの団体を担当しているため、情報のアップデートは不可欠。選手の現状、タイトル戦線の行方、技の名前、軍団構成、勢力図の変化、団体の方針……最新情報をかき集め、直接取材し「今」を伝えることに集中する。

 選手、団体、テレビ局、そしてファンからも信頼されている村田アナだが、意外なことに元々は実況アナを目指していたわけではなかった。声優、ナレーターの養成所に入り、声優事務所に所属していた。

 所属事務所とプロレス格闘技専門チャンネル「サムライTV」にパイプがあり、そこから村田アナのプロレス実況ライフが始まることになる。2000年、旗揚げしたNOAHはサムライTVに「これまでプロレス実況をやったことのないアナウンサー」を希望した。そこで村田アナに白羽の矢が立ったのだ。

 実況アナウンサーとしての訓練は受けていなかったため、すべて独学で挑んだ。「ありがたいことに、おおらかな時代だった。全力投球、必死にやったけど、プロレス実況の難しさを痛感した。あの頃を思い出すと、今でも冷や汗が出て来る。果たして、私の実況はどうだったのか」と振り返る。

 入場時の選手紹介をバッチリと原稿に仕立て上げたり、試合中の場面を想定し、様々なフレーズをノートにがっちりと書き留めて臨んでいた。それがバッチリとはまることもあったが、何かしっくりとこない。

 ある日のこと。猛ダッシュして入場してきた選手がいた。そのままゴング前の乱闘が始まってしまい、考え抜いていたセリフを一切使えないことがあった。この時「もう、いいや」と、何かが弾けたという。

 プロレスは生もの。ライブ。自分もその中に参加すればいい。目の前で展開されることをストレートに捉え伝える。事前の準備をさらに充実させたが、フレーズ作りはほとんどしなくなった。

 少しばかり開き直った村田アナの実況に注目する人たちがいた。DDTの高木三四郎社長もその一人だった。「村田アナにDDTを実況してほしい」とリクエストが届いた。

 04年からDDTを担当するようになったが「これが大きかった」と振り返る。硬軟織り交ぜた振れ幅の広いファイト、時には会場を飛び出し、キャンプ場、遊園地などで闘うスタイル……DDTを語ることで村田アナの実況技術もスケールアップしたのだ。

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