ノーベル賞級研究の結果、新型コロナ「ワクチンの女神」波瀾万丈の足跡をたどる
金メダリストの母、ロック好きの一面も「科学者はロックミュージシャン」
また、増田さんは「カリコさんは正しい人、間違ったことはしない」とも評する。本書では、カリコさんが博士課程のころ、国家の秘密業務で働くエージェント(スパイ)に採用されていたと、今年5月にハンガリーで報じられたことを紹介。カリコさんは当時、父親の過去の行動を持ち出され、エージェントになるよう「脅迫」されて署名したが、密告など具体的な活動は一度もなかったとメディアに答えたと伝えている。このことからも増田さんは「どんな状況にあってもごまかさず、誠実に生きることをまっとうしている人だと思う。スパイの話が出てもひるまず、正面からきちんと答える。それが彼女の生き方」と説く。
スパイや外貨持ち出しなどシリアスな話の一方、娘の話では「研究者より、ゴールドメダリストの母というほうが有名なのよ」と笑顔で語ったり、ロック好きで、学生時代のヒーローだった歌手の話から「科学者はロックミュージシャンみたいなもの。彼らが生涯歌い踊り続けるように、生涯研究を続ける」と話し、「そのお話をしたときはすごくうれしそうでした」と増田さんは打ち明ける。
さらに本書では、mRNAの技術がiPS細胞の作製にも効果があることから、カリコさんに「心から尊敬の念を強く抱いています」という京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥所長へのリモートインタビューも収録。山中氏は、カリコさんの研究者としての人柄のほか、日本では研究する大学とワクチンや薬の開発など実用化する企業の間に「死の谷」があり、基礎研究を応用につなげる部分がうまくいっていないという現実も指摘。医療界への問題提起にもなっている。
増田さんが「おわりに」で「重苦しい空気に包まれているコロナ禍にあって、彼女を知ることが生きる励みにつながってくれることを願ってやみません」と結んだ本書は発売2週間で重版がかかっており、さらに反響を呼びそうだ。
□増田ユリヤ(ますだ・ゆりや)1964年、神奈川県生まれ。國學院大學卒業後、27年にわたり高校で世界史・日本史・現代社会の講師として教壇に立ちながら、NHKラジオ・テレビのリポーターを務めた。現在、コメンテーターとしてテレビ朝日系「大下容子 ワイド!スクランブル」などで活躍。著書に「新しい『教育格差』」「揺れる移民大国フランス」などがある。