「JUDO」から柔道への回帰の動き 審判技術の改善で「疑惑の判定」減少
日本生まれの柔道 真髄は“冴えのある技”をいかに披露するか
「例をあげれば“背負い投げ”と“背負い落とし”。理合いの違いを理解していなければ見分けられません」と津村氏は語る。柔道に精通する講道館の職員が、何百、何千という試合の技一つ一つの確認作業に当たった。
トップレベルの国際大会とはいえ、講道館のルールや考えに当てはめれば、技とは認められない技で決着している試合も多かった。ときには「判別不能」と、審判員が下した技の有効性を一切、認めないこともあった。試合の勝敗そのものに疑問符が付く状況だが、妥協はしなかった。
基準は講道館が認める合計100本の技だけ。それに当てはまらない技やおかしいと思った技術は、容しゃなく除外していった。
編集した映像は、IJFの資料として未来永劫、残る貴重なもの。各国の審判や選手はもちろん、今後育って来るであろう子どもたちが繰り返し、視聴するものだ。正確な技名をつける責任は大きかった。
「“投げる”というのは立っている相手を倒すこと。すでに寝姿勢になっている相手をいくらひっくり返しても投げ技とは言わない」など、基本的なことを訴えた。
抑え込みについては「相手があおむけで動かなくなれば抑え込みだ」という一部の誤った考えを改めさせる努力をした。「講道館の考えでは相手の上体を自分の上体で上から圧して抑えることが抑え込み」。相手の体の上に自分の体が乗っておらず、添い寝するように上半身を押さえた“添い寝込み”や、海外指導者が冗談交じりにつけた“下えこみ”なる抑え込み技も、排除した。名称についても“胸固め”“片襟背負い”…正式な技名称とは認めなかった。
技名称統一作業が柔道技術の理合いを再確認する機運を呼び、試合を裁く審判の質の向上につながった。「IJFの審判理事のラスコーさんがフィードバックしているようです。今、技には特にうるさい。今までのような日本人柔道家として理解できないような判定は一気に少なくなりましたね」と津村氏は指摘する。
ルーマニア国籍のラスコー氏は、元世界チャンピオンで審判を束ねるIJFのトップ。津村氏はラスコー氏の技に対する現在の知識について、「俺らだってタジタジしちゃうくらい。全幅の信頼を寄せられる。いい人が審判の責任者になってくれたと思う」と語る。ラスコー氏を支える側近にはドイツの技師(わざし)と呼ばれたケルマルツ氏や韓国のキング・オブ・キングズと名高い全己盈(チョン・キヨン)氏がおり、正確性の追求に余念がないという。
嘉納師範が創始した柔道は、1964年東京五輪で初めて五輪に採用されて以来、世界に普及した。当時のルールとは変わってしまった部分もあるが、理念は変えてはならないと津村氏は言う。
「柔道は技の洗練度を争うもの。いかに美しく、理にかなった技で大きく投げるか。それを争う競技だったのに、安易な方向に走っていた。それはいかがなものか。“冴えのある技”をいかに披露するか、それを争うのが柔道」
五輪連覇の大野将平(旭化成)に代表されるように、日本にはブレることなく一本を取りに行く柔道のスタイルがある。
「理にかなっていれば、鮮やかな柔道になるはず。それを目指してほしい。高校あたりで“めくり”(体勢を崩した相手を反転させるテクニック)の練習をしているところもあると聞きますけど、そのうち認められなくるだろう。しかし、正しい技はどんな時代だって理解してもえらえる」と、津村氏は力を込めた。