東京2020から1か月 改めて検証する母国開催の意義 選手の肉声を間近で聞いて感じたこと

パラ選手を取り巻く経済環境 知る機会を提供した東京2020

 五輪とは選手を取り巻く環境も違うように見えた。一部の海外選手からは「このパラリンピックがなかったらボクはスポンサーから切られていた。この大会があるおかげでスポンサーがお金を出してここに来れた」という切実な声も届いた。

 勝ち負けでないところに、出場の意味を見出す選手も多い印象を受けた。

「スリランカから1人で出ている選手がいました。負けても本当にうれしそうだった。やれてよかったみたいな顔をしていました。笑顔だけじゃなくて、悔しい思いをしている選手の姿を見たときも、やってよかったなと思いました。悔しい思いも、楽しい思いも、涙する気持ちも全部そこにいなかったら味わえないこと。その人たちが“自分がそこに存在してるんだ”ということを証明できた場所が東京なのかな」と森元さんは続けた。

 同じ選手のインタビューをトーナメントで勝ち上がるごとに聞いているうちに、その選手のこれまでの努力の背景を知り、感情移入してしまうこともあったという森元さん。決勝までたどり着いたものの、負けてしまい、雨の中、ボロボロと涙を流す選手を見て、「選手に傘を差しながら、私も不覚にももらい泣きしてしまって…」と、めったにない感情にも襲われた。

 注目の高い母国開催だからこそ、初めて興味深くパラリンピックを観戦したという人は多い。報道を通じて、障がい者スポーツに関心が集まり、競技以外の面でも“知る”きっかけの場になった。「オランダの選手が、障がいってみんなが思っているほど大変なことばかりではない、と話していてなるほどって思いました。イギリスの選手はテニスをすることによって、友達がたくさん増えたと言っていました。障がいを持つ人への見る目が変わればいいなと思います」

 前例のない1年延期、無観客。そして、コロナ禍の緊急事態宣言下で開催された東京2020。最初はもやもやした気持ちを抱えながらも、これまで知らなかった実情を目の当たりにし、思いは変わっていったという。

「いろんな意味で勉強になったし、いろんな意味でやってよかったと思っています。この先、あそこに来ていた選手たちが、みんなどうやってどこで活躍するのか、すごく興味が湧きました。だから、本当に知るきっかけの一つですよね」と森元さんは結んだ。

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