「俺はアカデミー監督だぞ」とギャグで使っていた…親友・升毅が明かす急逝した巨匠の素顔
俳優の升毅(65)がドキュメンタリー映画「歩きはじめる言葉たち~漂流ポスト 3.11をたずねて~」(10月8日公開、野村展代監督)に主演した。同作は、故・佐々部清監督(享年62歳)ゆかりの地や親しかった人々を訪ねる旅に出るというもの。佐々部監督の「八重子のハミング」で映画初主演を果たした升が親友の死を悼んだ。
升毅が映画「歩きはじめる言葉たち」で、故・佐々部清監督のゆかりの地や人々を訪問
俳優の升毅(65)がドキュメンタリー映画「歩きはじめる言葉たち~漂流ポスト 3.11をたずねて~」(10月8日公開、野村展代監督)に主演した。同作は、故・佐々部清監督(享年62歳)ゆかりの地や親しかった人々を訪ねる旅に出るというもの。佐々部監督の「八重子のハミング」で映画初主演を果たした升が親友の死を悼んだ。(取材・文=平辻哲也)
下関を舞台にした日韓の男女の恋愛模様を描いた「チルソクの夏」や日本アカデミー賞最優秀作品賞に輝いた「半落ち」などで知られる佐々部監督。2020年3月31日、新作の準備のために滞在していた故郷・下関のホテルで亡くなった。心疾患。その死は誰にとっても、あまりにも突然だった。
「その日昼間にマネジャーから電話があって、知りました。嘘だろうと思いました。その日のうちに下関に行こうとしたのですが、コロナが拡大し始めた時期だったので、『待ってくれ』と言われ、連絡を持っているうちに、その日は行けず。翌日、朝一番で新幹線に飛び乗りました」
乗車中も次々と連絡が入る中、結局、コロナ禍の状況や遺族の意向もあって、通夜・葬式に参列することは叶わなかった。「下関駅を降りて、手を合わせることしかできませんでした。海峡映画祭で来たことがあった場所だったので、居ても立っても居られなくなり、(『八重子のハミング』のロケ地だった)萩にいる(同作の)原作者の陽信孝先生と数名の方々と会って、監督を偲びました」。
企画の原型は本来、佐々部監督による劇映画として準備をしていたものだった。亡くしてしまった大事な人への手紙を受け取り続ける岩手県陸前高田市の森の小舎「漂流ポスト3.11」をめぐる人間ドラマで、升は小舎の主人を演じるはずだった。しかし、資金調達がうまくいかず、数年前に頓挫。佐々部監督の下で経験を積んだ野村監督が、制作準備のための取材を基にドキュメンタリーとして撮ろうと動き出したところに訃報が飛び込んだ。
「ドキュメンタリーでも実現したら、いいよねという思いでいたのですが、佐々部監督が亡くなったことで、僕らがポストに手紙を入れる方になってしまった」
映画では、升が案内人となり、「漂流ポスト」をめぐる人間模様と同時に、佐々部監督の足跡をたどり、関係者がその思いを言葉にして届けるという作りになった。
佐々部監督と出会ったのは6年前。最初は最悪なものだった。升は映画「群青色の、とおり道」で、主人公・桐山漣の父親役を演じることになり、桐山、安田聖愛、宮崎美子と本読み。情感を込めてベテランらしい演技を見せると、佐々部監督から、升自身は物足りないと思っていた若手2人の芝居に合わせてほしいと言われた。
「そりゃ、カチンと来ましたよ。監督に『もうちょっと(演技を)やってください』って言わせてやろうと思って、言われた通りに演技したら、『はい、それです』と。ぐうの音も出なかった」。撮影中は特に深い会話をする時間もなかったが、試写会の時か、なにかのタイミングで、俳優生活42年で初の主演映画「八重子のハミング」のシナリオを渡された。若年性アルツハイマー病を発症した妻(高橋洋子)を、胃がんを患った中学校校長が献身的に支える愛の物語だ。
「難しくてできないよ、と思いましたが、オファーしてくれたことがすごくうれしくて、やります、と。いい年こいた男が言うのは気持ち悪いですけども、何かお互いに感じられた瞬間があったんですね」