島への置き去り経験もある漂流記マニアが直面したコロナの恐怖「自分の体力に過信していた」
実際に経験した修羅場「漂流、遭難となったら精神まで追いつめられ」
椎名さんにも冒険譚(だん)といえるようなさまざまな旅の経験がある。「冒険なんてもんじゃないですけどね。ついでの体験をさせてもらったようなもの」というが、約40年前、南洋の島に置き去りにされた経験を語ってくれた。取材で訪れた島で、約3時間離れた本島からの迎えの船が来ず、無線などの連絡手段もないまま不安な一夜を明かしたという。「もう1人仲間がいて、島の人とイモやサメを食ったりしていたけど、たった1日、置き去りにされることがこんなに心細いことかと思いましたよ。漂流、遭難となったら精神まで追いつめられるような労苦があるんだろうとわかりますね」。
それだけに、「漂流となったら、普通の人は食欲がなくなり、3~4日は何も食えないですよ。体力勝負と同じくらい精神力の勝負で、漂流者が1番多く死ぬのは漂流して3日前後だとか。食料や水がどうとかでなく精神がダメになって自ら命を絶つらしいんです」。さらに、「僕も、もしそんなアクシデントにあったら、3日で死んでいくほうに入ると思う。それでも、あきらめず、生きることに貪欲に、その体験を楽しんで過ごしていくことが大切だということを漂流記は教えてくれるんです」と、苦悩と絶望から「敢然と荒波にたちむかっていく希望と勇気の物語」こそが「漂流記」なのだと再確認したという。
本書は2019年から20年にかけて、「小説新潮」で連載したものをまとめ、今年7月に刊行された。この間のコロナ禍を受け、「さまざまな実例を提供することで生きていく命の源になるような精神的な激励、1つの力になればという思いで本にしました」。
そう語る椎名さんだが、6月下旬、新型コロナに感染。自宅で気を失っているところを家族に発見され、救急車で搬送された。高熱が続き、10日間入院した。
「それでも軽症なほうだったのかな。6キロ痩せましたけど、痛みはそうでもなかった。ただ、個室のベッドに縛り付けられると1日って長いですね。夜中には病院の近くの信号機で一晩中流れる『通りゃんせ』が地獄への道に誘われているようで嫌でした。コロナについては意識していなくて、すきだらけ、自分の体力に過信しているところもあった。コロナの影響、心境の変化とかはまだ自分の中で体系化されていませんが、命拾いしました」
人生の大きな荒波を乗り越えて、ますますの健筆を期待したい。
□椎名誠(しいな・まこと)1944年、東京都生まれ。デパート業界紙などを経て独立。作家、写真家、エッセーストとして活躍。89年「犬の系譜」で吉川英治文学新人賞、90年「アド・バード」で日本SF大賞受賞。タクラマカン砂漠、マゼラン海峡、アリューシャン列島など辺境への旅でも知られる。「『十五少年漂流記』への旅「」あやしい探検隊」シリーズ、「家族のあしあと」「こんな写真を撮ってきた」「遺言未満、」など著書多数。