島への置き去り経験もある漂流記マニアが直面したコロナの恐怖「自分の体力に過信していた」

「漂流記マニア」を自称する作家の椎名誠さんが、そのマニアぶりをいかんなく発揮し、食にスポットをあてた「漂流者は何を食べていたか」(新潮選書)を出版。「コロナという疫病に囲まれ、国民全体が命をかけているなか、生きるための1つの力になれば」との思いを込めた。自身もこの夏、新型コロナウイルスに感染し、生死をさまよう経験もしたが、その心境も聞いた。

「漂流記マニア」を自称する作家の椎名誠さん【写真:倉野武】
「漂流記マニア」を自称する作家の椎名誠さん【写真:倉野武】

椎名誠さんが漂流者の「食」にスポットをあてた本を出版

「漂流記マニア」を自称する作家の椎名誠さんが、そのマニアぶりをいかんなく発揮し、食にスポットをあてた「漂流者は何を食べていたか」(新潮選書)を出版。「コロナという疫病に囲まれ、国民全体が命をかけているなか、生きるための1つの力になれば」との思いを込めた。自身もこの夏、新型コロナウイルスに感染し、生死をさまよう経験もしたが、その心境も聞いた。(取材・文=倉野武)

 椎名さんは少年時代に読んだジュール・ベルヌの「十五少年漂流記」をきっかけに海洋冒険ものに夢中になり、「漂流記マニア」になったという。決して自身が漂流するのが好きなのではなく、「『漂流した人の苦しい体験記』を読んで、ああ、こんなことになったら嫌だなあ。(中略)たとえ矢切の渡しなんてのでも舟に乗るのは絶対にやめよう、などと心に誓い、よく冷えた生ビールなどを飲む」という「漂流記趣味」なのだとか。それでも実際には、辺境地帯への旅など冒険好きのイメージもあり、「人生を方向づけた」読書体験ともいえそうだ。

 そんな椎名さんが、これまで読んだ古今東西70冊以上の漂流記から、「漂流者は何を飲み、何を食べて生き抜いたのか」をテーマによりすぐった約20冊を紹介している。

「できるだけいろいろなものを食べているものを選びたい。バリエーション、品ぞろえといいますか」というように、さまざまな食と味わいが登場する。たとえば1973年、イギリスのベイリー夫妻が小型のヨットでニュージーランドに向けて太平洋を航行中、マッコウクジラと衝突し、手こぎボートとライフラフト(てんがい付きのゴムボート)で漂流した日々を描く「117日間死の漂流」。ヨットから運び込んだ食料はわずかで、やがて幼いアオウミガメを捕まえる。甲羅をこじあけた下の白身の肉は「子牛とチキンの肉にカニの肉をまぜたような味だった」。そのカメの肉で15~20センチのトリガーフィッシュを釣り、さらに船のまわりを飛び回っていたカツオドリ、そして子ザメまでも手づかみで捕まえては生で食べ、見事生還を果たす。

 72年、同じくイギリスのロバートソン一家の体験を描いた「荒海からの生還」は、ヨットがシャチに襲われ、38日間にわたる漂流だ。船に飛び込んでくるトビウオや大きなシイラ、そしてウミガメの肉はもちろん、その卵は「口に入れてプチンと潰すと濃厚な味がねっとりと口いっぱいにひろがった」などと紹介され、こうした食事が「生きる希望にもなっていった」と椎名さんは書く。

 北極を舞台にした「フラム号漂流記」、南極の「エンデュアランス号漂流」では、アザラシやシロクマ、ペンギンなどの肉を堪能。北極海での遭難を描いた「凍える海 極寒を24ケ月間生き抜いた男たち」では、「アザラシ肉は全身が食用に適している。その肝臓には繊細な味わいさえあり(中略)脳みそは、アザラシ脂でフライにすると、やはり非常に美味だった」ともある。

 椎名さんがとくに印象的だというのが、米国人ヨットマン、スティーブン・キャラハンの「大西洋漂流76日間」。タッパーウエアと布で海水から真水を得る装置や、鉛筆3本を使って六分儀を作るなど「暮しの手帖」の実験室のようだと評し、食についても、釣りたての獲物の朝の食事で「大きな切り身に、一○○グラムの卵、心臓、眼球、それにこそげとった脂、という品ぞろえだ。うまい!」の描写に「大西洋のレストラン・キャラハンにかけつけたくなるではないか」と絶賛。同書について、「ヨットマンたちの聖書みたいになっているらしいけど、僕も何度も読んでね、いろんな顛末(てんまつ)が書いてあって、ワクワクしますよね」とマニアらしく目を輝かせる。

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