パラ閉会式のショー総合演出・小橋賢児氏「リハーサルでおえつしたときも」 準備期間の秘話
2年間歌っていなかった奥野敦士、オファーに「頑張るわ」
――フィナーレでは、2008年の落下事故で胸から下が麻痺という重度障がいを負ったロックバンドROGUEのボーカル、奥野敦士さんが登場し、ルイ・アームストロングの名曲「What a Wonderful World」を歌い上げました。こちらも大反響でした。
「ROGUEは、ミスチルが大尊敬していたバンドです。18年のAPバンクフェスでは、ボーカルの桜井(和寿)さんが、奥野さんがYouTubeにアップしていた歌っていた『What a Wonderful World』を会場モニターに出して遠隔で一緒に歌われました。その映像をYouTubeで見て、僕は心を動かされて、奥野さんに出演をお願いしました。本来、車いす生活になって腹筋に力が入らず、あんなに太い声は出しづらいのですが、奥野さんはお腹をベルトでギュッと締めて、前かがみになることで、あの独特な声を出しているんです。ただ、この2年間ぐらいはほとんど歌ってなかったそうで、周りの方は『出ないかも』と話されていました。でも、僕たちの思いと企画意図をプレゼンしたところ、『じゃあ、頑張るわ』と言ってくださいました。おそらく、そこから数か月間、すごく練習されたんだと思います」
――ピアノ演奏は、ジストニアで7本しか指が動かせない西川悟平さんが担当されていました。
「(01年にジストニアを発症した)西川さんは、あらゆる医師に『あなたは一生、ピアノを弾けません』と言われながら、その時点で動いていた3本の指で演奏すると、子どもたちがすごく喜んでくれた。それがうれしくて演奏を続けていたら、動く指が4本、5本となり7本になった。けん盤を速くきれいに弾くのではなく、深い音を出す手法を自分で見つけ、カーネギーホールの大ホールに立つまでに復活した人です。昨年、知人の紹介で出会ったのですが、スマホの待ち受けが、東京オリンピック、パラリンピックのシンボルだったことも思い出し、オファーしました。西川さんはすごく喜ばれて、『What a Wonderful Worldは、僕がニューヨークで悩んでいいたときに聴いていた大好きな曲ですよ』と。こうしてパズルのようにつながったキャスティングでした」
――「みんなが主役」で、多くの人を笑顔にさせたショーでしたが、「惜しい」と思ったところは。
「ワンカメショーでのダンスパフォーマンスの後、ダイバーシティ(すべての違いが輝く街)に人々が広がって終わるように見せかけて、みんなが戻って真ん中でカラフルな衣装を着た人が輪になって、それを引いて映したら、宇宙の中にある『カラフルな地球』という見せ方をしたかったのですが、ちょっと伝わってなかったようですね(笑)。あくまで放送上のカットは海外の放送局のチームが最終的に決めるので、要望は出したものの、そこはなかなか思い通りにはいきませんでした。でも、この仕事をやれて良かったと思っています。いつも、自分ができることは『気づきのきっかけ作り』と思っていて、今回、このショーを見て、いろんな感想があって、『自分ならこうやるのに』と感じてもらえたら、それはそれで幸せです」
続く「後編」では、27歳で俳優活動を休業して以降、「どん底」も経験した歩みを振り返り、東京パラリンピック閉会式のショーディレクターを引き受けた時の思い、イベントプロデュースに続く新たな取り組みなどを語る。
□小橋賢児(こはし・けんじ)1979年8月19日、東京都生まれ。88年に子役としてデビューし、NHK連続テレビ小説「ちゅらさん」など数多くのドラマ、映画、舞台作品に出演し、2007年に俳優活動を休止。米国留学、世界中を旅した後、映画、イベント制作を開始。12年、車いすの男性との旅をドキュメンタリーで追った映画「DON’T STOP!」で監督デビュー。以降は、「ULTRA JAPAN」などの大型海外イベントを日本で実現させ、クリエイティブディレクターも務めてきた。17年からは未来型花火エンターテイメント「STAR ISLAND」の総合プロデュースを務め、内閣府主催「クールジャパン・マッチングフォーラム2017」の審査員特別賞を受賞。19年の東京モーターショーでは、500機のドローンを使用した夜空のスペクタルショー「CONTACT」を仕掛け、20年に「第6回JACEイベントアワード」最優秀賞・経済産業大臣賞(日本イベント大賞)を受賞した。