26年ぶりに大阪城ホールに進出する女子プロレス 礎となった松永ファミリーのすごさを今こそ振り返る【連載vol.58】

スターの適性をいかに見抜き伸ばしたのか

 とにかく新弟子を甘やかさない。夢の途中で消えていった者もたくさんいた。それらを引き止めない。残ったガッツのある女子たちの適性を見抜き「女性ファンを呼ぶ選手になれ」「男性ファンをひきつけろ」「悪い奴になれ」「歌って踊れるレスラーを目指せ」などと、明確な指針を示したという。

「あんな奴に負けていいのか」「あいつがお前の悪口、言っていたぞ」など、個々に選手をたきつける。「仲良しこよしで、すごい試合ができるか!」と闘志に火をつけていた。

 もちろん厳しいだけではない。25歳定年制を掲げたのは「適齢期にお嫁に行けるように」という親心からだった。10代の女の子を預かるのだから「東京の親」である。

「どんぶり経営」とやゆされもしたが、それは豪快さの裏返し。「だらしない」との批判は、おおらかさの証し。「計画性がない」のは、ひらめきを大切にしたからだろう。

 実際、独特の指導方針でスター選手を何人も育てた。大ざっぱなのか緻密なのか、分からなかったという松永ファミリー。全日本女子プロレスは何とも不思議な空間だったという。

 選手たちにも短い選手生活で完全燃焼できるように「今を大切にする」ことを徹底させていた。

 経営者というより「興行師」だった松永ファミリー。アメリカもメキシコも、プロレスはファミリービジネスからスタートしていくことが多い。

 今でも多くの全日本女子プロレスOGが女子プロレス界を支えている。「全女魂」と言われるように、ハートも体もとことん鍛え上げられているのだから、心身ともに強く、後進の育成にも長けている。松永ファミリーの教えは、今なおしっかりと根付いているのだ。

 これまでも何度か男子プロレスをしのぐ女子プロレスブームが起こっている。昔は水着だったが、現代ではコスチュームもデザイン性に富み、パッときらびやかで華やかだ。

 2021年、今こそがまた新たな女子プロレス黄金時代の始まりかも知れない。

次のページへ (3/3) 【写真】マスクを着用して入場してくる林下詩美
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