【懐かし64東京五輪】「ビリーバンバン」菅原進はいろいろなスポーツの魅力知った「勝っても負けても泣ける」
五輪を契機にいろいろなスポーツの魅力を知った
ウエイトリフティングの三宅義信さん(81)とマラソンの君原健二さん(80)の活躍も覚えています。三宅さんはフェザー級で金メダルを取った。持ち上げたシーンは頭に残っています。ロンドン五輪で銀メダル、リオデジャネイロ五輪で銅メダルを取った三宅宏実さん(35)はめいですね。顔が似ている。今回の五輪ではメダルには届かず、残念でした。宏実さんのお父さんで、義信さんの弟の義行さん(75)はメキシコ五輪で銅メダルを取っています。
君原さんは8位でしたが、走り方が苦しそうで、あの顔は今でも目に浮かぶんです。大丈夫かなと心配しながら見ていたら、立派に完走した。ああいう姿を見ると、涙が出ます。
そういえば、柔道も思い出しました。無差別級で金メダルを取ったオランダのヘーシンク選手。背がとにかく高かったのが印象的でした。日本人では重量級で金メダルの猪熊功さん(故人)もいました。
前回の東京五輪で国民が初めて見るスポーツも多かった。普段テレビで放送するのは野球や相撲、プロレスくらいでしたからね。サッカーも日本ではマイナーでした。日本人は、五輪を契機にいろいろなスポーツの魅力を知り、自分でもやりだした人が多かったと思います。3歳上の兄の孝も走り出した記憶がなんとなくあります。僕は音楽好きだから走ったりはしませんでした。
東京2020五輪開会式の長嶋茂雄、王貞治、松井秀喜に感動
今回の五輪はテレビで観戦。面白いです。開会式で長嶋茂雄さん(85)が登場したのはうれしかった。大好きですから。王貞治さん(81)と松井秀喜さん(47)もいて、いい光景でした。長嶋さんの現役のころはすごかった。後楽園球場(現・東京ドーム)にも何度も観戦に行きました。ボールの取り方がオーバーで、それがカッコよく、打ち方も三振の仕方もいい。スーパースターです。
体操の内村航平選手(32)、かわいそうでしたね。一瞬のミスで天国から地獄です。スポーツというのはすごく厳しいなとつくづく思います。僕なんて、歌が失敗したといったことは日常茶飯事。いったん止めて歌い直したこともあります。スポーツの世界はいちばん大変だと思います。特に体操の選手なんか大変ですね。
五輪選手が一線級で活躍できる期間はそんなに長くないと思う。その凝縮された期間を一生懸命戦う。だからでしょうか。スポーツしている姿がいちばん泣けるね。勝ったときも負けたときも泣ける。よく頑張ったと。
□菅原進(すがわら・すすむ)1947年9月21日、東京都国立市生まれ。青山学院大中退。68年、兄の孝と「ビリーバンバン」を結成。69年、「白いブランコ」がヒット。72年、「さよならをするために」の大ヒットで「第23回NHK紅白歌合戦」に出場。76年、解散。ソロで「琥珀色の日々」をヒットさせる。84年に孝と再結成。「また君に恋してる」など多数の曲を世に出し、幅広い年代にファンがいる。最近は、YouTube、ニコニコ動画でアニメソングの「機動戦士ガンダムSEED」などをカバー。話題のAdo(18)のヒット曲「うっせぇわ」をゆったりとした独特のテンポの歌い方でカバーし、わずか3か月で、YouTubeで100万回の視聴を達成している。