24歳大学生の姿も…池袋で見た路上生活者の実態「コロナが収まればおしまいじゃない」

新型コロナウイルス感染拡大の陰で、今、増えつつある生活困窮者。家賃が払えず、路上生活者、いわゆるホームレスとして、寒空の下で生活を始める人も増えている。菅義偉首相が「最終的には生活保護がある」と答弁し大きな波紋を呼んだが、そのセーフティーネットすらすり抜ける人々にはどのような事情があるのか。長年、池袋で路上生活者の支援を行うNPO法人「TENOHASI」の活動に同行した。

NPO法人「TENOHASI」による支援活動の様子【写真:ENCOUNT編集部】
NPO法人「TENOHASI」による支援活動の様子【写真:ENCOUNT編集部】

弁当の配給の長蛇の列には、24歳の中国人大学生の姿もあった

 新型コロナウイルス感染拡大の陰で、今、増えつつある生活困窮者。家賃が払えず、路上生活者、いわゆるホームレスとして、寒空の下で生活を始める人も増えている。菅義偉首相が「最終的には生活保護がある」と答弁し大きな波紋を呼んだが、そのセーフティーネットすらすり抜ける人々にはどのような事情があるのか。長年、池袋で路上生活者の支援を行うNPO法人「TENOHASI」の活動に同行した。(取材・文=佐藤佑輔)

 2月上旬の水曜日、午後7時半に池袋・要町にあるTENOHASIの事務所を訪れると、スタッフが毎週行う「夜回り」の準備に追われていた。代表理事の清野賢司事務局長の車に同乗、ボランティアで弁当の差し入れをしたいと連絡のあった赤羽のフィリピン料理店へ向かう。

「池袋もこの20年で随分と変わりました。昔は事業者に使い倒された日雇い労働者がほとんどで、年齢平均50代後半の男性ばかりだった。そんなオールド世代も徐々に亡くなり、硬軟両方の政策で表向きホームレスはどんどん減っていました。反面、そうやって不可視化されてきた生活困窮者が、今回のコロナで一気に明るみに出た。今は20代、30代の若年層が炊き出しに並び、中には女性の姿もあります」

 昨年4月~12月の間、TENOHASIを訪れた相談者は前年の80人から2.5倍増、過去最多の200人。前年平均160人だった炊き出しは、4~10月の平均で210人、11月は260人、新宿、上野などと同時開催で人数がばらける年末年始でも231人、そして今年1月9日にはリーマン・ショック以来となる300人超えとなるなど、時期を追うにつれ急増している。

 一方で、かつてのように365日路上で生活を送る人は多くない。雨が降ったときネットカフェに泊るためのお金をよせてある人、家はあっても食うものに困っている人。困窮者の生活スタイルも多様化した。変化のきっかけは東京五輪の招致。2013年9月にIOC総会で東京が五輪の開催都市に選ばれると、準備のための都市開発が始まり、“テント村”のような目に見える形での路上生活者は排除された。「五輪の影響は間違いなくあった」と清野代表。その結果、支援団体でも実態が把握しきれない、隠れた困窮者が水面下で増加した。1回目の緊急事態宣言ではネットカフェが休業。居場所を失った“ネカフェ難民”が街にあふれた。

 赤羽で弁当を受け取り、池袋駅前公園へ向かう。公園にはすでに多く人が列をなしており、用意されたマスクやカイロとともに、ものの10分余りで70食分の弁当は品切れとなった。列の中には、中国から来たという24歳の大学生の姿も。「取得単位のミスで9月卒業の予定が半年延びてしまって。就職先は決まっていて、4月からは会社のアパートに入れるんですが、今は学費でいっぱいいっぱいで、住んでたところは解約しました。友達の家を転々としたり、知り合いのホームステイを頼ってヒッチハイクで札幌まで行ったりもしましたが、それももう限界。中国の実家に帰るにもこんな情勢ですし、お金もない。2か月だけならとホームレスを決意しました」と流ちょうな日本語で語ってくれた。

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