35歳でフリー転身、市野瀬瞳アナが描く未来像「“アンチキラキラ”なフリーアナに」
2020年、約8年務めた中京テレビを退社し、35歳で局アナウンサーからフリーアナウンサーへと転向した市野瀬瞳。9月にはYouTubeチャンネルを開設し、激辛食レポなど女性アナウンサーらしからぬ体当たりの挑戦を続けている。中京テレビの人気番組「オードリーさん、ぜひ会ってほしい人がいるんです。」(通称オドぜひ)で“開花”した逸材アナは今後どこへ向かうのか。本人に聞いた。
「オードリーがいない中、自分1人の力でやれるところまでやりたい」
2020年、約8年務めた中京テレビを退社し、35歳で局アナウンサーからフリーアナウンサーへと転向した市野瀬瞳。9月にはYouTubeチャンネルを開設し、激辛食レポなど女性アナウンサーらしからぬ体当たりの挑戦を続けている。中京テレビの人気番組「オードリーさん、ぜひ会ってほしい人がいるんです。」(通称オドぜひ)で“開花”した逸材アナは今後どこへ向かうのか。本人に聞いた。
――局アナからフリーアナウンサーへ転向した経緯は。
「バラエティーがやりたくてNST(新潟総合テレビ)から中京テレビに入って、入社式の3日後には『オドぜひ』の収録。それ以来6年間、ずっと若林さんのイジリに甘えていました。これ以上新しい自分を見せられないというか、自分の中の旨み成分を出せないなと感じていた時期と結婚、妊娠が重なって、ちょうどいいタイミングかなと。でも『オドぜひ』を降板したら中京に私の居場所はなかった。ニュースも食レポも他に適任はいくらでもいる。もっと私しかできないドキドキワクワクする経験がしたいと思って、フリーになることを決めました」
――35歳でのフリー挑戦は勇気がいることだったのでは。
「フリーはだいたい28歳くらいまで。『結婚して子どももいて、フリーになってどうするの?』と言われることもありました。でも、局アナってやっぱり一社員なので、守られてる反面、自分自身を出し切れない部分があるんですよね。どこかで清廉潔白なアナウンサーでいないといけないというか。私はもっと泥臭く、がむしゃらに自分を追い込む方が性に合ってるなと」
――フリーになってやってみたかったことは。
「ラジオもYouTubeもずっとやってみたかったこと。局アナと違って今は自分が商品。ミスしたりつまらなければもう仕事が来ないという状況で、誰も守ったり助けてくれないのが刺激的で、追い込まれてヤバいヤバいとスリルを感じながらやるのがいいんです。『オドぜひ』がなければただの人だよね、とはなりたくない。横にオードリーの2人がいない中、自分1人の力でやれるところまでやりたいなと」