【その時音楽シーンが動いた #2】「引退紅白」瞬間最高視聴率84.4%を記録した都はるみ“伝説のラストステージ”

「私に1分間、時間をください」

 日を追って引退フィーバーが加速する中、12月30日には新宿コマ劇場でファイナルコンサートを開催。大みそかは紅白より早い時間帯で放送されていた日本レコード大賞で特別大衆賞を授与され、3冠受賞曲(「アンコ椿は恋の花」「大阪しぐれ」「北の宿から」)を披露した。

 そして迎えた紅白歌合戦。紅組司会・森光子の紹介で登場した都は自身2度目の大トリで「夫婦坂」を歌い始める。衣装は白地にピンクの花模様をあしらった、500万円ともいわれる総しぼりの振り袖。“演歌の女王”の最後のステージを、日本中が固唾(かたず)をのんで見守っていたその時、瞬間視聴率は84.4%に達した。

 実は当初、NHKは都の花道として、アンコールも含めて2曲を歌唱してもらう、紅白史上初の特例措置を計画していたという。ところが本人は「1曲で燃え尽きたい」と、番組スタッフからの提案を固辞。その結果、本番で白組司会の鈴木健二が「夫婦坂」歌唱後の都にアンコールを要求する異例の展開となった。その時に飛び出したのが、NHKホールの観客や全国の視聴者に呼びかけた「私に1分間、(交渉する)時間をください」という言葉だった。

 しかし、紅白は生放送。おそらく時間が押していたのであろう。都の承諾を待たずして、代表曲「好きになった人」のイントロが流れ始める。号泣する都はほとんど歌えなかったが、彼女の周りに集まった紅白両軍の歌手仲間が大合唱。スタッフのもくろみどおり、興奮と感動のフィナーレを迎えた……はずだったが、そこに冷水を浴びせたのが、総合司会・生方恵一アナウンサーによる「ミソラ」発言だった。

「もっともっとたくさんの拍手をミソラ……」と言い間違えた生方は一瞬絶句。すぐに「都さんにお送りしたいところですが、なにぶん限られた時間です」とつないだもののあとの祭りで、大舞台での失態は年明け後に芸能メディアをにぎわせることになる。とはいえ、ハプニング満載の「都はるみ引退紅白」は平均視聴率78.1%を獲得。過去10年間(74~83年)では最高で、歴代でも4位の高記録で視聴率回復に貢献した(ビデオリサーチが調査を始めた62年以降/関東地区)。

 その後の紅白は録画機器の普及やライフスタイルの多様化などの影響で視聴率は徐々に下落。それでも国民的音楽番組であることに変わりはなく、都以降も多くの歌手が自身の活動に区切りをつける場として紅白に登場し、名パフォーマンスを繰り広げていく。近年は「今年限り」と宣言して紅白を勇退するベテラン歌手も多いが、それらは視聴率低下を食い止める目玉にもなっている。その嚆矢(こうし)となったのが、「都はるみ引退紅白」だったといえるだろう。

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