YOSHIKI、体調不良から復帰後初の公の場でピアノ生演奏 日米のかけ橋役も「決して楽な道のりではなかった」

X JAPANのYOSHIKIが5日、都内で行われた「第6回金子堅太郎賞授賞式」に登壇し、金子堅太郎賞特別賞を受賞した。YOSHIKIは先月19日、米国滞在中に長期間にわたる過密なスケジュールと過度な疲労により倒れ、医師の指導のもと治療を受けていることを明かしていたが、これが体調不良から復帰後初の公の場となった。

授賞式に出席したX JAPANのYOSHIKI【写真:ENCOUNT編集部】
授賞式に出席したX JAPANのYOSHIKI【写真:ENCOUNT編集部】

「金子堅太郎賞」の特別賞受賞

 X JAPANのYOSHIKIが5日、都内で行われた「第6回金子堅太郎賞授賞式」に登壇し、金子堅太郎賞特別賞を受賞した。YOSHIKIは先月19日、米国滞在中に長期間にわたる過密なスケジュールと過度な疲労により倒れ、医師の指導のもと治療を受けていることを明かしていたが、これが体調不良から復帰後初の公の場となった。

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「金子堅太郎賞」は、日米協会初代会長でありポーツマス講和会議への道筋をつけた金子堅太郎氏を記念して創立100周年の2017年に制定された伝統ある賞。今年は正賞に久野明子氏(一般社団法人 日米協会 顧問)とコーゾー・キムラ氏(東京エクスプレス社社長)、特別賞にYOSHIKIが選出された。

 YOSHIKIは、1992年の渡米以来約34年にわたり米国を拠点に、日米間の音楽交流をリード。1999年の天皇陛下御即位十年を祝う「国民祭典」での奉祝曲『Anniversary』の演奏をはじめ、2023年9月には米国ハリウッドのTCLチャイニーズ・シアターで、日本人アーティストとして初めて手形・足形を刻む快挙を達成。26年7月にも、ロサンゼルスの名門ウォルト・ディズニー・コンサートホールでの「YOSHIKI CLASSICAL 2026 IN LOS ANGELES」2日間公演をソールドアウト・大盛況のうちに成功させ、音楽を通じて日米を結ぶ唯一無二の存在感を世界に示し続けている。

 また、音楽活動にとどまらず、遺児の保護や難病を持つ子供の救済・支援を掲げた基金を設立するなど、慈善活動にも積極的に取り組んできた。特に、東日本大震災、能登半島地震、ロサンゼルス山火事などの日米における大規模災害、さらにはウクライナ人道危機への緊急支援など、被災者へ向けた継続的な寄付活動を展開。「アジア太平洋地域の偉大な篤志家30人」にも選出されるなど、その精力的なチャリティー活動と音楽活動を通じて日米を結ぶ重要な架け橋として高く評価され、今回の特別賞授与が決定した。

 YOSHIKIは、ロサンゼルスでの9月17日の授賞式に出席した後に体調を崩し、米国で診察および治療を受け、医師の指導のもと療養。その後、ニューヨークへ移動して、現地時間9月26日に開催予定だった「Global Citizen Festival 2026」への出演に向けて準備を進めていた。同フェスのニューヨーク開催に日本人アーティストとして初出演し、約6万人の観客と『ENDLESS RAIN』を大合唱することなどを予定していたが、荒天の影響によりフェス自体が無念の中止に。今回の授賞式は、それ以降で初の公の場となった。

 YOSHIKIは壇上でのスピーチで、「急きょ、日本に帰ってきました。全くスピーチを用意してきませんでした」と切り出して笑いを誘うと、「僕は約34年前にアメリカに渡りました。その時はがむしゃらに『僕らの音楽を伝えたい』、『日本人のアーティストとしてアメリカで頑張りたい』、『アメリカン・ドリームを追求したい』と思ってアメリカへ渡りました。決して楽な道のりではありませんでした。言葉は約2年で習得しました。1日何時間も勉強しました。でも、アメリカの文化についても勉強しないといけない。いろんなことを勉強しました。こんな自分でも、こういったことを成し遂げることができる。こんな僕でもできるんだから、きっとみんなでもできると伝えたい」とコメントした。

 その後、「スピーチは緊張しました」と苦笑いすると、「ピアノで皆さんに僕の気持ちを伝えたいと思います」と語り、米国国歌『星条旗』、日本国歌『君が代』、『Forever Love』をピアノで演奏すると、会場からは大きな拍手が起こった。

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