UFCファイター・平良達郎とは何者か “普通の野球少年”が歴史的偉業へ…師匠が明かす“仙人の日常”

世界最高峰の格闘技団体「UFC」で活躍する格闘家の平良達郎(26=THE BLACKBELT JAPAN)は日本時間10日、ジョシュア・ヴァン(ミャンマー)の持つUFC世界フライ級タイトルに挑戦する。待望の日本人初タイトルがかかった一戦を前に平良に格闘技を叩き込んだ師匠・THE BLACKBELT JAPAN沖縄の松根良太氏とTHE BLACKBELT JAPAN代表の鶴屋浩氏に話を聞いた。

UFC世界フライ級タイトルに挑戦する平良達郎【写真:AP/アフロ】
UFC世界フライ級タイトルに挑戦する平良達郎【写真:AP/アフロ】

日本時間10日に総合格闘技の世界最高峰「UFC」でタイトル戦

 世界最高峰の格闘技団体「UFC」で活躍する格闘家の平良達郎(26=THE BLACKBELT JAPAN)は日本時間10日、ジョシュア・ヴァン(ミャンマー)の持つUFC世界フライ級タイトルに挑戦する。待望の日本人初タイトルがかかった一戦を前に平良に格闘技を叩き込んだ師匠・THE BLACKBELT JAPAN沖縄の松根良太氏とTHE BLACKBELT JAPAN代表の鶴屋浩氏に話を聞いた。(取材・文=島田将斗)


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 2022年5月にUFC初参戦の平良は“修羅の道”と呼ばれる団体で9戦8勝、最新のランキングで3位。フライ級の頂点が視界に入るところまできた。最高傑作の呼び声も高いが、格闘技の門をたたいた高校1年時は「どこにでもいる野球少年」だった。

「初めての印象は兄に連れて来られた弟というところで、一番初めは確か体重も52~3キロ。本当によくいる沖縄の少年で、そこら辺にいる少年。新しいことを始めてみたくて格闘技やってみようかなっていう子の中の一人だったんです」(松根)

 ボクシングもレスリングも柔道も未経験。当然、MMAが何なのかも分かっていない。格闘技との接点は兄の影響でK-1を知っているくらいだった。年に数回、沖縄の道場を訪れる鶴屋代表も「何となくいたなーっていうぐらい」と当時を思い出せないほどだ。

 最初から輝いていたわけではないが、試合に出始めるとその片鱗を見せ始めたという。

「打撃よりも敷居が低い柔術の試合に初めて出した時、すごく緊張している中でどう動けるかなと思ったら、パパパッと一本勝ちしちゃったんです。教えたことを自分の技として出せない子もいっぱいいる中で、『この子は教えたことをすぐに信じて実行できる子だな』という印象を持ちました」(松根)

 松根氏には忘れられない光景がある。それは平良と鶴屋代表が沖縄でスパーをしたときのことだった。

「達郎が全日本アマチュア修斗を経て、プロになって数戦してからだったと思うんですけど、鶴屋さんがグラップリングで相手をしてくれて。その時に鶴屋さんが『あいつなんかやっぱ違うな』ってこと言ってくれたんですよ。まだ修斗のチャンピオンになるっていう話もないようなときで」(松根)

 当の本人はそう言ったことを覚えてはいないが、明確に才能を確信したのは、プロ5戦目だったという。

「当時、広島のBURSTというジムに大翔という5戦無敗の有望な同世代の選手がいて、達郎と試合をしたんです。五分五分のいい試合をするのかなと思ったら、もう達郎が圧倒して1Rにパウンドアウトして勝ってしまった。『これは違うな』と覚えているのはそこですね」(鶴屋)

 格闘技は幼少期からの本格指導により競技の低年齢化が進んでいる。そんな“エリート教育”を受けてきたわけではない、平良が強くなった理由を師匠の松根氏は「何もないからこそ」と分析する。

「柔道やレスリングのエリートはアドバンテージを持ったままMMAをやりますが、一方でそこにプライドがあるケースもあります。達郎は逆に何もない子だったからこそ、全てを素直に受け入れられた。何回打ち込みしても『本当にこの技は通じるのかな?』と信じきれない人もいる中で、達郎は教わったことを忠実に再現して、『自分のパンチは通用するんだ』と信じられる強さがあるんです」(松根)

 素直に技を吸収し結果を出すなかで、決して自惚れることはない。無敗記録を伸ばし続けていた時期でさえ、根底にあるのは常に「今のままでは勝てない」という危機感だった。

「勝ち続けているにも関わらず、毎回試合が決まると『次の相手はこの相手か。今のままじゃ勝てないな』っていうところから練習を始めるんです。元々何もやっていなかったからこそ、過信が武器にならない。そこから逆算して準備をしていくところが強さですね」(松根)

(左から)扇久保博正、平良達郎、鶴屋浩氏、松根良太氏
(左から)扇久保博正、平良達郎、鶴屋浩氏、松根良太氏

ロイバル戦で初の敗戦「全く問題ではないと思ってました」

 ハードな練習を積み上げたうえで試合で「自分の技を証明したい」という思いが強い。執念とも言える強い思いがむき出しになったことがある。それはUFC4戦目のクレイドソン・ホドリゲス(ブラジル)との試合が中止になったときのことだった。

「デビューして4戦目に対戦相手の都合で試合が流れてしまったことがあったんです。その時、達郎は『このまま日本には帰りたくない!』って大泣きしたんですよ。試合がなくなって安どする選手も中にはいますが、彼は戦いたかった、自分の技を試したかった。そういう気持ちが誰よりも強いんです」(松根)

 その執念は過酷な練習環境ですら変えてしまう。格闘技の厳しい練習に耐えかねて辞めていく若者も多い中、世界レベルまで引き上げた最大の武器は「格闘技を心底楽しむ」という才能だ。

「つい2週間前も、達郎がアメリカで昼夜しんどい練習をやった後に『いやー今日も楽しかったなぁ』なんて言い出したんです。試合前で厳しい練習やってるのによくそんなこと言えるねと思いましたけど(笑)。でも、自分がやりたくて始めた競技をいかに楽しむか。楽しむってことは続ける秘けつだと思います」(松根)

 そんな平良の日常には、いわゆる娯楽がない。26歳という年齢でありながら、その生活は“仙人”のようだ。

「もう本当にもう睡眠、食事、格闘技、練習、それだけで回っています。外で遊ぶこともなく、最近はアニメやゲームといった趣味すらなくなってきて、逆に心配になるぐらい(笑)。でも、マネジメント会社の方から『無駄に取材やYouTube、SNSなどはやらなくていい。本当に睡眠と食事と格闘技だけにフォーカスする脳みそを作ってください』と言われて、自然と受け入れました」(松根)

 私生活のすべてを懸けて作り上げたその圧倒的な集中力は、いざ試合を迎えても変わらない。鶴屋代表が目を見張るのは平良のメンタルだ。格闘技世界最高峰の舞台・UFCという極限のプレッシャーがかかる中でも、驚くほど自然体だという。

「アレックス・ペレス戦で見せたオタツロック(変形カニばさみ)とか、まさかああいう大舞台で出ると思っていなかった。ああいうのをあそこで極められるのは、将来チャンピオンになるスターなのかなと重なります。ブランドン・モレノのような元チャンピオンとやっても、僕らから見てると気後れせず、格闘技じゃなくて普通のスポーツをやるような感じで淡々とやってしまう。そこがすごいですよね」(鶴屋)

 キャリア無敗の快進撃をUFCでも続けてきた平良だが、24年10月のブランドン・ロイバル戦で初黒星を喫した。しかし、指導者2人に悲観の色は全くなかった。

「一番思ったのは、『あ、これでより平良達郎は強くなるな』ってことでした。負けっていうのは、一番の財産であって。連敗は許されないという不安もある中で、もっと達郎が強くなると確信しましたし、今現状そうなっていますよね」(松根)

「ロイバル戦はそれほど負けているっていう感じじゃないし、どっちが勝ってもおかしくないような、武器の差の戦いでしたから。あの負けを生かすことができれば無駄じゃなかったと思うし、全く問題ではないと思ってました」(鶴屋)

 ロイバル戦後の2戦は、どちらも相手を2Rでフィニッシュしている。2人の師匠の言葉通り、負けを財産にしてみせた。

“普通の少年”が世界最強の称号に手が届く場所にまでやってきた。その快進撃は、決してマグレではない。奢りのない練習、仙人のような生活、大物相手にも動じないメンタル、そのすべてが極限まで研ぎ澄まされて初めて歴史を塗り替える権利を得たのだ。日本人初のUFC王者誕生へ。平良達郎の決戦が刻一刻と迫っている。

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