ビビる大木「僕は運だけで生きてきた」 背骨骨折など苦難乗り越え…たどり着いた50代の理想像

1995年にデビューした、お笑い芸人・ビビる大木は、自身の半生を「運があった」と感謝する。新たな幸運は、憧れの舞台シリーズへの初参戦で、「東京喜劇 熱海五郎一座 新橋演舞場シリーズ第12弾『仁義なきストライク~弾かれた栄光と約束のテンフレーム~』」(5月31日~6月24日)への出演だ。今年で52歳。これまでのキャリアにおける“ツキ”や、目指すタレント像について話を聞いた。

自身の芸能生活を振り返った【写真:ENCOUNT編集部】
自身の芸能生活を振り返った【写真:ENCOUNT編集部】

東京喜劇『熱海五郎一座』に助っ人で出演

 1995年にデビューした、お笑い芸人・ビビる大木は、自身の半生を「運があった」と感謝する。新たな幸運は、憧れの舞台シリーズへの初参戦で、「東京喜劇 熱海五郎一座 新橋演舞場シリーズ第12弾『仁義なきストライク~弾かれた栄光と約束のテンフレーム~』」(5月31日~6月24日)への出演だ。今年で52歳。これまでのキャリアにおける“ツキ”や、目指すタレント像について話を聞いた。(取材・文=大宮高史)

「この一座に呼んでいただいたのも、運があったのだと思います。運だけでこの業界で生きてこられました」

 芸歴30年あまりのベテランが、神妙な面持ちで心境を打ち明けた。一見、順風満帆に見えるその歩みには、決まって運の良さがあったという。それを最初に実感したのは、若手時代の大事故だった。

「コンビ(ビビる)の頃、ロケ先のスキー場で、背骨を折る事故に遭ってしまったんです。当然入院したての時は動けなかったんですが、先生から『背骨が潰れていました』と言われてビックリしました。しかも折れた骨が内側にはいっていたら、神経を刺して下半身不随になっていたかもしれなかったそうです。『これはもう奇跡だと思いなさい』とまで言われました。不幸中の幸いどころではなくて、運を信じざるを得ない出来事でした」

 大木を支えた運は、事故からの生還だけではなかった。2002年に『ビビる』の相方・大内登が引退してコンビを解散、ピン芸人となったあとにフジテレビ系バラエティー『トリビアの泉~素晴らしきムダ知識~』(2002年に深夜枠で放送開始)にレギュラー出演し、ブレイク。大木は深夜時代から驚きの度合いを示す、“へぇ”を連発して番組を盛り上げた。無駄な知識を真面目に検証するシュールな内容は人気を呼び、約1年でゴールデンタイムへの昇格が決まる。その際、番組は大きなテコ入れを余儀なくされた。

「番組がゴールデンに上がる際、司会としてタモリさんが加わることになりました。そうなった時、局の上層部からは『大木はいらない』という声が上がったそうです。でも、現場のディレクターたちは『深夜から一緒にやってきた大木さんも一緒じゃなきゃ嫌だ』と言ってくれました。『立ち上げたのは僕たちだから、立ち上げ時にいた大木さんも入れてほしい』と守ってくれたんですよね。偉い人たちはいらないと言っていたし、本当に僕じゃなくてもよかったかもしれないのに。おかげでレギュラーメンバーとして引き続き使っていただけました」

 ゴールデン帯に移転し、番組は06年9月までレギュラー放送後、07年から12年まで不定期に放送されたが、この番組は大木にさらなる知見をもたらした。ゴールデン帯から品評会会長として番組に加わったタモリのマルチタレントぶりに刺激を受けた。

「タモリさんが加わったことで、番組に『重石』がついたんです。タモリさん自身は博識だからちゃんと番組を締めてくれるんですが、時々僕に『お前みたいに“へぇ”を押しすぎる奴は信用できない』なんてイジってくれて(笑)。ご自身もネタにするし、番組での立場を分かっていらっしゃるんです。インテリでマニアックなところと、そうでないところの個性の出し入れが絶妙な人でした。『あの席に僕がいても、絶対に同じ盛り上げ方はできないな』って思っていました」

 大木自身は、歴史への造詣が深く、芸能界屈指の“幕末マニア”としても知られている。今では知識を武器にした知的バラエティー番組などで手腕を発揮する。そんな大木が50代を迎え、理想の先輩像として掲げるのが、大木の故郷の隣県・群馬出身で公私ともに親交の深いタレントの井森美幸だ。

「井森さんって中山美穂さんに鈴木保奈美さん、さらにTUBEや聖飢魔IIと同期デビュー(1984年)なんですよ。僕はデーモン閣下やTUBEの前田(亘輝)さんにはとても緊張して話しかけられないですが、井森さんになら普段のテンションで話せるんです(笑)。全然大先輩って感じがしなくて、後輩がツッコミやすい、言いやすい隙をあえてつくってくれる方だなと思います。これから目指したいスタイルでもありますね」

 大ベテランでありながら誰からも愛されるかわいさを失わない――その井森の気さくな姿は、大木にとって指針となっている。さらに言葉を続けた。

「この歳になると、ガツガツした雰囲気を見せると後輩から『先輩、まだテレビに映りたいんですか?』みたいな目で見られるようになります(笑)。僕も若い頃は大声を張り上げてがむしゃらなテンションでいましたが、今は手は抜かないけど頑張りすぎないようにしています。ツッコんでもらえる立場になった方が、年齢相応に穏やかに過ごせるのかなと思います」

 そして、この心構えは、これから共に舞台に立つ芸人たちの姿とも重なっている。大木は、三宅裕司が座長を務める「熱海五郎一座」のシリーズ最新作『仁義なきストライク~弾かれた栄光と約束のテンフレーム~』で不動産会社社長の息子役に挑む。作品には、一座の渡辺正行、小倉久寛、春風亭昇太、東貴博、深沢邦之ほか、沢口靖子、野呂佳代がゲスト出演する。

「この一座の先輩方も、皆穏やかで楽しそうに仕事をしているんですね。だから僕も芝居や笑いだけでなく、生き方も学ぶつもりで入っていこうと思います」

 運を力にかえた今、お笑いの先輩たちの胸を借り、さらなる飛躍の時を迎えている。

□ビビる大木 1974年9月29日生まれ。埼玉県出身。渡辺プロダクション(現ワタナベエンターテインメント)に所属し、1995年に大内登とコンビ「ビビる」を結成。2002年にコンビ解散後は以後ピン芸人としてマルチに活躍中。現在は、テレビ東京系『家、ついて行ってイイですか?』、TBS系『ラヴィット!』にレギュラー出演中。また、幕末など歴史に造詣が深く、ジョン万次郎資料館名誉館長をはじめ、春日部親善大使、埼玉応援団、萩ふるさと大使、高知県観光特使なども務める。主な著書に、『ビビる大木の幕末ひとり旅』(敬文舎)、『知る見るビビる』(角川マガジンズ)などがある。

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