難病で視力低下の元Melody・若杉南さん、30年ぶりステージで号泣 元メンバーと奇跡の再会
1993年にデビューした3人組アイドル、Melody(メロディ)の望月まゆさんと若杉南さんが、2月に約30年ぶりにステージで共演を果たした。90年代初頭、歌番組の減少など苦境にあった「アイドル冬の時代」に、97年に解散するまで4年間にわたり第一線で活躍した足跡は、今も多くのファンの記憶に刻まれている。解散後、芸能界を退き、それぞれの道を歩んできた2人が、長い年月を経て再びステージに立った背景には何があったのか。全2回のインタビューでひも解いていく。前編は、デビューのきっかけからMelodyとして駆け抜けた4年間を振り返る。

90年代アイドル界を静かに支えたMelodyの過去と現在・前編
1993年にデビューした3人組アイドル、Melody(メロディ)の望月まゆさんと若杉南さんが、2月に約30年ぶりにステージで共演を果たした。90年代初頭、歌番組の減少など苦境にあった「アイドル冬の時代」に、97年に解散するまで4年間にわたり第一線で活躍した足跡は、今も多くのファンの記憶に刻まれている。解散後、芸能界を退き、それぞれの道を歩んできた2人が、長い年月を経て再びステージに立った背景には何があったのか。全2回のインタビューでひも解いていく。前編は、デビューのきっかけからMelodyとして駆け抜けた4年間を振り返る。(取材・文=福嶋剛)
2人の共演が実現したのは、2026年2月15日、都内で開催された平成アイドルの同窓会イベント『アイドルバレンタイン・オンステージ2026』でのことだった。前年、元CoCoの宮前真樹さんが主催する恒例行事を客席から見ていた若杉さんが、盛り上がっているファンを目の当たりにして自身も当時を思い出したという。その率直な思いを望月さんに伝えたことが、今回の再会に向けた第一歩となった。
実は、若杉さんは長らく「網膜色素変性症」という国内では数千人に1人と言われる難病(指定難病)を患っており、現在は第三者のサポートなしでは安心して外出できないほど視力が低下している。本来であればステージに立つこと自体が困難な状況だったが、宮前さんら仲間たちの温かいサポートが奇跡を呼んだ。
イベント当日は、望月さんが若杉さんの手をしっかり握ってステージに上がると、2人でMelodyの代表曲『世界中の微笑み集めてもかなわない』『運命’95』の2曲を披露。会場に駆けつけたファンからは割れんばかりの声援が送られた。若杉さんは「皆さんの優しい気持ちに触れることができて、本当に感謝しかありません」と感極まり、望月さんも「楽しかったね!」と感動し、共に涙を流した。
この日、ステージ上で久しぶりに友情を確かめた2人の物語の始まりは、30年以上前にさかのぼる。Melodyは同じ芸能事務所でそれぞれタレント活動をしていた高校2年生の若杉さんと高校1年生の望月さん、そして新たに事務所に加わった中学3年生の田中有紀美さんの3人で1992年に結成された。
望月さんは、中学3年の時に転機が訪れる。
望月「スカウトの方が家までやってきたんです。地元の名古屋で聞き込みをしていた時に誰かが私の名前を出したみたいで。最初は正体を明かさず、『○○中学の写真部ですが、写真を撮らせてください』って近付いてきました。もちろん怪しいと思いましたし、親にも叱られると思って、すぐにお断りしました」
だがスカウトは諦めることなく、母親が帰宅すると芸能事務所の者だと明かし、直談判に及んだ。
望月「厳しい母なので絶対に断ると思っていたら、所属している有名な女優さんの写真を見せられて、その隣に母の好きな笑福亭鶴瓶さんが写っているのを見て、母が『ぜひ、よろしくお願いします』って勝手に返事をしちゃったんです。たぶん、鶴瓶さんに会えると思ったみたいですね(笑)。私は母に言われるがまま契約書にサインをして……。そうしたらいきなり、CM出演が決まりました」
同じく名古屋の私立高校で大学進学を目指していた高校1年生の若杉さんも、同様のスカウトを受けたという。
若杉「まゆちゃんと同じで、写真部を名乗るスカウトさんが家にやってきました。私は完全に疑っていたので、その日はお帰りいただいたのですが、そのあと何度も私と両親を説得してその熱意に負けて事務所に入りました。
Melodyの結成はそれから1年後のことだった。
若杉「(田中)有紀美ちゃんが事務所に入ってきて、『この子たちと組みますよ』という感じで急に決まりました」
望月「突然のことで、顔合わせをした時もみんなキョトンとしちゃって」
若杉「3人とも人見知りで、どう話しかけたらいいのか分からず、初めは探り探りの状態が続いていました」
1992年に結成し、翌93年にシングル『素直に言えない~もっとそばにいたいけど~』でデビュー。当時はJ-POP全盛期の影で、アイドルが苦境に立たされていた時代。各レコード会社が総力を挙げて送り出した新人たちもことごとく苦戦を強いられる中、Melodyはモーニング娘。やSPEEDが台頭してくるまでの間、静かに、しかし確実にアイドルシーンを支え続けた。
スマッシュヒットこそなかったものの、楽曲の高いクオリティーと3人の正統派なたたずまいは、コアなファンだけでなく業界内からも厚い支持を集めていく。次々に大手企業のCM出演や雑誌の表紙を飾り、ライブ動員も最後まで安定していた彼女たちは、90年代中盤のアイドル界において稀有な成功例だった。
望月「当時のドラマプロデューサーさんやヘアメイクさんといった関係者の方から、『Melodyの曲っていいよね』とよく言っていただけたんです。今でも『改めて聴くと本当に名曲が多い』と言われます」
若杉「でも当時の私たちには、それがさっぱり分からなかった(笑)」
望月「自分の声が本当に嫌いで。初めてのレコーディングでは『これがCDになって世の中に出ちゃうの?』と不安でいっぱいでした」
若杉「ディレクターさんから指示をいただいても、その指示をどう表現していいか全然分からず、何度やり直しても同じにしか聴こえなくて。とにかく当時は人見知りが強く、自分から積極的に話すのは苦手だったので、レコーディングの時はいつも悩んでいた記憶があります」
望月「シングルやアルバムが完成するとキャンペーンで全国を飛び回り、ツアーが始まれば東名阪を回る。地方の音楽フェスにも出させていただき、全盛期は多忙な毎日が続きました。1時間しか睡眠が取れない日もあったので年に1回くらい、起きられないというより“気絶”したような状態でスケジュールに穴を開けてしまったこともありました」

『スーパーJOCKEY』の熱湯風呂を体験した思い出
そんな中、Melodyの知名度を一気に高めたのが1995年リリースの5thシングル『運命’95』だ。作詞はGO-BANG’Sの森若香織、作曲はL⇔Rの黒沢健一さん(故人)が手掛けた、中毒性のあるキャッチーなメロディーが特徴のキラーチューン。98年の長野冬季オリンピックを控え、Kodakの長野五輪キャンペーンソングとして起用された。
望月「長野県の方々にMelodyを知っていただいた大切な曲です。特徴的なフレーズが何度もCMで流れたので、長野でのセールスがものすごかったみたいです」
若杉「長野に行って、数年後に開催されるオリンピックの開催予定地で撮影しました。覚えてる?」
望月「もちろん。あと、まだ誰も滑っていないフィギュアスケートのリンクでも撮影させてもらったね」
2人は自宅から持参した数々の「お宝グッズ」を眺めながら、懐かしい話に目を細める。その中には写真集や雑誌のグラビア、テレフォンカードなど、当時のアイドルに欠かせなかった水着写真も数多く収められている。
若杉「私は水着になることに、ものすごく抵抗がありました。当時は『これはお仕事だから』と自分に言い聞かせて必死に臨んでいましたね」
望月「私は新体操のレオタードに慣れていたので、南ちゃんほどの抵抗はなかったかな。どこか淡々とこなしていた感じでした」
若杉「今でも強烈に覚えているのは、『スーパーJOCKEY』(日本テレビ系)の熱湯風呂です。告知のために出演したのですが、あのお湯、本当にものすごく熱くて『私がやるの?』って恐怖しかありませんでした。きっと当時のマネジャーが『若杉、オッケーです』と言ったんでしょうね。思い切って入りましたけど猛烈に熱くて足が真っ赤になりなりながら、直後にスタジオで歌った記憶があります。今までで一番体を張った仕事でした」
思い出話は尽きないが、今年デビューから33年。改めてMelodyとしての4年間を振り返ってもらった。
望月「私にとっての4年間は、大切な思い出が半分、そして辛い思い出が半分、といった感じです」
若杉「私も一つひとつの仕事に丁寧に向き合ってはいましたが、どこか『大人の指示に従っておけばいい』という感覚がありました。まだ世の中を知らない、10代から20代入り口の頃でしたから。でも、まさかあの状況でMelodyが解散するなんて、当時は誰も考えていませんでした」
望月「そう。だって最後まで、ライブにはあんなにたくさんのお客さんが来てくださっていたんです。だからこそ、『どうして?』という思いでした」
続く後編では、Melodyの突然の解散、そして引退後の2人が歩んだ知られざる足跡に迫る。
□Melody(メロディ)田中有紀美、望月まゆ、若杉南による3人組女性アイドルグループ。1992年に結成し、93年10月21日、シングル『素直に言えない~もっとそばにいたい~』でメジャーデビュー。透明感あふれる歌声と正統派のビジュアル、質の高いポップサウンドで根強い人気を誇った。97年に解散し、望月と若杉は芸能界を引退。田中は現在も歌手として活動を継続している。解散から約30年が経過した現在も、SNSやサブスクリプション配信を通じて世代を超えたファンに愛され続けている。
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