元ヤン、引退、離婚…完熟フレッシュ・池田57CRAZYが20歳の娘・レイラと歩んだ「逃げ場なき道」 コンビ結成10年
2018年元日の日本テレビ系『ぐるナイ おもしろ荘』。あどけない少女と頼りない父親の毒舌漫才が、お茶の間を沸かせた。父・池田57CRAZYと娘・レイラによるコンビ・完熟フレッシュだ。ランドセルを背負っていたレイラは20歳になり、父は50歳。2人は今も漫才を続け、本気でM-1グランプリ優勝を目指している。今夏でコンビ結成10周年。節目の今、ENCOUNTは57CRAZYを取材し、娘を思う気持ちとその生きざまに迫った。

節目の年を迎え、語った父の思い
2018年元日の日本テレビ系『ぐるナイ おもしろ荘』。あどけない少女と頼りない父親の毒舌漫才が、お茶の間を沸かせた。父・池田57CRAZYと娘・レイラによるコンビ・完熟フレッシュだ。ランドセルを背負っていたレイラは20歳になり、父は50歳。2人は今も漫才を続け、本気でM-1グランプリ優勝を目指している。今夏でコンビ結成10周年。節目の今、ENCOUNTは57CRAZYを取材し、娘を思う気持ちとその生きざまに迫った。(取材・文=柳田通斉)
57CRAZYは取材の場に、舞台衣装を着て現れた。カメラを向けられると、「どんな感じにすればいいですかね」と言い、照れ笑い。レイラのことを確認すると、難関突破で進学した日本大芸術学部を中退したことを認めた。
「もう、大人なんで干渉はしないですね。大学は入学時から『続けるかどうかは自分で決めなさい』と伝えていましたし、本人の判断に任せました」
異例の父子コンビ・完熟フレッシュは活動10年になろうとしている。結成のきっかけは、芸人を辞めてシングルファザーになっていた57CRAZYによる「お笑いへの思い」。彼の人生はそれまでも波乱万丈だった。
山口・宇部市で生まれ、育った。父親はエンジニアで単身赴任の転勤族だったことで、57CRAZYは母親、妹と3人で暮らす日々だった。小学生の頃から学業の成績は良かったが、中学時代は不良仲間とつるむ時間が多かった。
「しっかりとぐれていました。かなりのやんちゃをしていました」
それでも、地元進学校・香川高に入学。友達と過ごす学校生活は楽しかったが、自宅での時間が嫌で不良仲間と付き合い続けた。
「成績はひどくて、赤点をひきずって高校3年の最後に追試を受けて卒業させてもらいました。卒業後は家出に近い状態になったのですが、『やっぱり、大学には行った方がいい』ということになり、20歳になったのを機に半年ほど予備校に通いました。そして、親が高い大学の学費を払って仕送りもしてくれたことに感謝し、4年間で卒業しました」

お笑いの世界を目指したのは、幼なじみで高校時代の同級生だった友人から熱心に誘われたからだった。だが、先に大学を卒業した友人は就職。仕事で結果を残し、ヘッドハンティングされたことで、サラリーマン生活を続けると決意した。57CRAZYはハシゴを外された形になったが、1人で上京した。
「自分も就職しようかと迷いましたが、『芸人を目指す』と決めて肉体労働のバイトで150万円を貯めていたので、『1人でも東京で勝負する』という気持ちになりました。上京してからは人力舎のお笑い養成所に入りました。その後は人力舎に3年、サンミュージックで9年半ほどお世話になりました」
サンミュージック時代のコンビ名はロックンロールコメディーショー。バリバリのロックファンだったことで、芸名はロックスター池田だったが、12年7月に現在の池田57CRAZYに改名。TRFの楽曲『CRAZY GONNA CRAZY』の「GONNA」の部分を「57」にして付け足すように、相方のフレディ・橋本・マーキュリーから勧められたからだった。
「この頃はコンビで少しずつテレビに出られるようになり、『ネクストブレイク』の枠には入っていました。ただ、その年の末に出た番組でキンタロー。ちゃんと一緒になって、一撃で心が折れました」
「圧倒的な熱量の差」を突きつけられ、「これが売れるってことなんだ」と実感したという。当時37歳で年齢的な焦りもあった。翌13年3月30日に相方へ「引退」の意思を伝え、4月5日には解散を発表。スポーツジムに就職して、社員トレーナーとして歩み始めた。その後、妻と離婚。レイラを引き取って2人での暮らしが始まった。
「妻とは高校を出た後から18年間一緒にいました。ただ、解散前からいろいろあって正直、つらかったです。それでも仮面夫婦でレイラを育てていくつもりでしたが、結局、彼女が家を出ていきました。その時、レイラにはとてもつらい思いをさせてしまいました」
レイラを育てるために、真面目に働いた。ただ、お笑いを捨て切れてなかった。14年までは元相方とチャリティーイベントなどに不定期で出て、コントを披露していた。翌15年12月には5年ぶりにM-1が復活。57CRAZYは、密かに翌16年のM-1出場へと動き出した。
「その頃、レイラが子役をしていたので『親子で漫才をしたら子役の仕事につながるのでは』と思いました。ただ、僕自身にも漫才の経験がほとんどないし、『どうせ素人が出ても死ぬほどすべる。それで諦めがつくだろう』という考えでした。レイラには『好きなものを買ってあげるからM-1に出よう』と伝えました」
結果は3回戦進出。翌17年は準々決勝進出で、「ベストアマチュア賞」に選ばれた。そして、18年元日に若手芸人がブレイクを期待して集う『ぐるナイおもしろ荘』に出演。実話をベースにした自虐ネタは瞬く間に話題になり、父子の人生は激変した。同1月8日に現在所属のワタナベエンターテインメントとの契約が発表された。
以降、2人でメディア出演、ライブ出演を重ねた。一方でレイラは中学、高校と多感な時期を過ごした。高校卒業前には「K-POPアイドルになりたい。オーディションを受けて、留学したい」と主張し始め、コンビ解散の危機に陥った。57CRAZYも悩んだという。
「本気なら応援するつもりでしたが、話を聞いて『周囲に変な知恵を吹き込まれてブレている』と感じました。そして、本気で話し合って、考えの甘さを注意しました。結果、『もう1度、お笑いを軸に』ということになりました」

本気で目指しているM-1優勝「あと5回出られる」
その後、レイラはグラビア、タレント業に挑戦しながら、芸人であり続けている。
「私から見ても、お笑いの才能は感じます。嫌々だった時期もありましたが、今はそうじゃありませんし、コンビ結成のきっかけになったM-1での優勝を目指しています。出場資格は『15年目までのコンビ』なので、あと5回出られます。それに16年目に入ったら、『THE SECOND』に出られます。その時、レイラは26歳。『若いベテラン』で面白いかなと」
ただ、ステージを離れると父の顔に戻る。レイラが高校時代、唐突に「彼氏ができた」と言ってきた時はショックを受けたという。
「落ち込みましたね。その後、彼氏とは一緒にご飯も行きましたが、別れたようです。父親として伝えたいのは、『結婚までにいろんなタイプの人を見ておくべき』ということです。ずっと同じ人と付き合わなくてもいいんじゃないかと」
この先、20歳のレイラにはさまざまな可能性が考えられる。だが、57CRAZYにピン芸人として活動する発想はない。
「芸人を辞めて、戻ってくる時に『コンビでお笑いがしたい』と思ってこうなったので、1人でやったら筋が違いますから」
中学・高校時代、母親に反抗して家に居場所がなかった。だが、57CRAZYはシングルファザーとなり、レイラと「親子」であり、「同志」となった。その関係は今も良好。理由を聞くと、「お互い逃げ場のない環境で生活をしてきましたから」と照れ笑いした。多くの夜を越え、覚悟を決めた2人の漫才は、熟成され、味わいを増していく。
□池田57CRAZY(いけだ・ごな・くれいじー) 1975年8月17日、山口・宇部市生まれ。大阪芸術大舞台芸術学科卒。芸能事務所・人力舎が運営するスクールJCAで学び、活動開始。2つのコンビを経て、13年4月に引退。16年8月、一人娘の池田レイラと完熟フレッシュを結成し、M-1出場。169センチ。血液型A。
あなたの“気になる”を教えてください