「Before誰?」40代で女性として生きる道を選んだ軌跡 「鏡をまともに見られない」時期も
「男は男、女は女」というジェンダーバイアスが色濃かった昭和の時代。幼少期から抱え続けてきた「性別への違和感」をひた隠しにして生きてきた、トランスジェンダー女性のまやさん(@maya_seekers)。厳しい就職氷河期を生き抜くため、「男性」として社会に出る選択をし、ソフトウェア技術者として25年以上のキャリアを積み上げてきた。幼少期の孤独、中学時代の過酷ないじめ、うつ病との闘い、そして40代で訪れた大きな転機。全4回にわたるインタビューの第1回では、歩んできた苦難の道のりを振り返る。

ランドセルの色、遊びの好み……幼少期から抱き続けた「違和感」
「男は男、女は女」というジェンダーバイアスが色濃かった昭和の時代。幼少期から抱え続けてきた「性別への違和感」をひた隠しにして生きてきた、トランスジェンダー女性のまやさん(@maya_seekers)。厳しい就職氷河期を生き抜くため、「男性」として社会に出る選択をし、ソフトウェア技術者として25年以上のキャリアを積み上げてきた。幼少期の孤独、中学時代の過酷ないじめ、うつ病との闘い、そして40代で訪れた大きな転機。全4回にわたるインタビューの第1回では、歩んできた苦難の道のりを振り返る。(取材・文=幸田彩華)
まやさんは1月中旬、性別移行前後の写真をXに公開した。「40代後半からだから遅い性別移行ではあったけど、前向きに生きていけるようになったよ」とつづった投稿は、瞬く間に拡散され、大きな反響を呼んだ。
ネット上では「進化が凄すぎる」「Before誰?って感じ」「変わりすぎてびっくり」「人ってこんなに変われるものなんですね」「逆に若返ってるのすごい」と、驚きの声が相次いだ。
反響について、まやさんは「正直、ここまで反響があるとは思っていませんでした。びっくりしました」と控えめにほほ笑む。
洗練された立ち居振る舞いからは、かつて「男性」として社会人生活を送っていた過去を想像するのは難しい。しかし、その瞳の奥には、昭和、平成、そして令和という激動の時代の中で、自身の性と社会という巨大な壁に格闘し続けてきた日々があった。
まやさんが自身の性に違和感を抱き始めたのは、物心がついた頃の幼少期にまでさかのぼる。
「元々、生まれた時から性別に対する違和感は持っていました。小学校に行く時とか、『男の子は黒、女の子は赤』とランドセルの色が明確に分かれていたんです。自分なんで黒なんだろう、赤がいいのに……とか、そういう違和感を小さい頃から持ち続けていました」
遊びの好みも、周囲の男の子たちとは違っていた。外で泥だらけになって遊ぶよりも、室内で編み物やあやとりをする時間を好んだ。しかし、成長するにつれて、社会は「男らしさ」を強く求めてくるようになる。
「昭和の価値観が色濃く残っていた時期。男は男、女は女っていうふうに、ジェンダーバイアスがすごかった。なので、そんなことを言い出そうものなら、いじめとか受けたり……。そういうのもあって常にひた隠しにしていました」
“スカートを履きたい”という願いも、胸の奥に閉じ込めるしかなかった。
「そんなことを言えば変人扱いされる。誰にも、絶対に言えませんでした」
中学校に進学すると、周囲がその“違和感”を察知したのか、過酷ないじめに遭った。
「殴られたり、ズボンを脱がされたりすることもありました。でも、学校には相談できませんでした。いじめられているなんて言えなかった。ただ、友達がいてくれて、完全に孤独ではなかったことが救いでした」
「男性として」社会に出るしかなかった、就職氷河期の現実
思春期になっても、周囲の男の子たちのように女の子に恋心を抱くことはほとんどなかった。一度、社会人になってから女性と交際したこともあったが「何か変、普通とちょっと違う」と指摘された。それ以来、誰かと付き合うことはなかったという。
高校、大学で情報工学を学んだまやさんが社会に出たのは、就職氷河期のまっただ中だった。
「20社ほど受けました。当時は女性の就職状況も悪くて、同じことを言っても、受かる人と落ちる人がいる。面接で怒鳴られることもありました。今なら完全にパワハラです。そんな中で『自分は女性だ』なんて言える空気ではありませんでした。経済的に困窮しないためにも、当時は“男性として”社会に出ることが、正解だったと思います」
ソフトウェア技術者として働き始めると、高い専門性を武器に、必死にキャリアを築いていった。しかし、28歳の時、ストレスが重なり、うつ病を発症。睡眠障害に陥り、約半年間の休職を余儀なくされた。
「周りの支えがないと、うつ病は治せなかったと思います。会社でも温かい支えがあった。当時の人たちには本当に感謝しています」
一進一退の闘病生活。薬の量を少しずつ減らし、完全にゼロにするまでの道のりは長かった。
「薬を減らすと吐き気や頭痛がする。そんな身体的な状態を見ながら、バランスを取って少しずつ減らしていきました」
同じ会社に25年以上在籍し、中堅からベテランへと歩みを進める中で、まやさんは「完全週休二日制」への移行を会社に働きかけるなど、組織改善にも尽力した。
男性として社会に適応できていた時期もあった。しかし、自分自身を完全に消し去ることはできなかった。
「違和感を抱えながらも、男性としてやってこれた時期はありました。鏡をまともに見られない、写真に写れない、といった感覚はあったけれど、それでもやってはこれた。でも40代になり、ホルモンバランスが変わったこともあって、昔の頃を思い出したり、だんだんつらくなってきた。それが(性別移行の)大きなきっかけです」
激動の時代を「男性」として生き抜き、ようやく自分自身の人生を歩み始めたまやさん。全4回にわたるインタビュー、第2回では、コロナ禍をきっかけに始まった本格的な性別移行、社会や家族へのカミングアウト、そして現在抱いている思いに迫る。
あなたの“気になる”を教えてください