富士山で相次ぐ外国人の“無謀登山” 救助費用の有料化はできない? 専門家は「極めて難しい」
閉山期間中の富士山で、外国人登山者による遭難事故が相次いでいる。救助費用を負担する山梨・静岡の両県では、入山禁止や救助費用の有料化も議論されているが、現実的に登山行為を規制したり、救助費用を請求することは可能なのか。世界各地の山岳事情に詳しい専門家に見解を聞いた。

外国人登山者による閉山期間中の救助要請が相次いでいる富士山
閉山期間中の富士山で、外国人登山者による遭難事故が相次いでいる。救助費用を負担する山梨・静岡の両県では、入山禁止や救助費用の有料化も議論されているが、現実的に登山行為を規制したり、救助費用を請求することは可能なのか。世界各地の山岳事情に詳しい専門家に見解を聞いた。(取材・文=佐藤佑輔)
富士山では直近1か月で遭難事故が3件発生、うち1人が死亡している。1月18日には都内在住の中国籍の男性が8合目付近の登山道を下山中に転倒し、右足首を骨折。その後、警察や消防によって救助されている。男性は登山経験が浅く、入山に必要な登山計画書は提出していなかった。25年4月には、別の中国籍の男性が救助された際に所持品を置き忘れたとして4日後に再び入山。再び救助が必要な状況となり、多くの批判が寄せられた。
例年、9月10日から翌年7月上旬頃までを「閉山期間」としている富士山。環境省と山梨・静岡両県が定める「富士登山における安全確保のためのガイドライン」では、閉山中は山小屋などの施設が閉鎖されていて救急体制が整っていないことから、万全な準備がない登山者の登山を禁止している。一方、「充分な技術・経験・知識としっかりとした装備・計画を持った者の登山は妨げるものではない」としている。
閉山期の富士登山は違法行為にあたるのか。国立登山研修所専門調査委員、日本山岳サーチ・アンド・レスキュー研究機構、日本山岳スポーツクライミング協会などの委員で、「登山者ための法律入門」などの著書があるみぞて法律事務所の溝手康史弁護士は、「ガイドラインに法的な拘束力はなく、閉山期でも富士登山は可能」と解説する。
「富士山の登山道は道路法上の県道となっており、山梨側は2024年から、静岡県側は翌25年から、入山料の徴収に伴い閉山期間中の登山道を通行禁止としています。道路法の通行禁止措置に違反して通行すれば6か月以下の懲役または30万円以下の罰金が科されますが、、道路法は県道である登山道にしか適用できず、登山道以外の場所の通行には適用されません。また、雪が積もるとどこが登山道か分からなくなるため、道路法の規定で処罰することは困難です。
登山道以外の場所の通行は、民事上の問題になりますが、実際に損害賠償請求がなされたケースはなく、通常物を壊したりしなければ、損害額は0円です。日本ではそもそも、明示的に登山が許可されているわけではなく、土地所有者が異議を述べない結果として、事実上登山が黙認されています。明示的に許可を出すと、事故が起きた場合に責任を負うおそれがあるため、登山自体が法的に曖昧なものとなっているのです」
山梨・静岡の両県では、救助活動のリスクや救助費用の負担から、救助の有料化が議論されている。ただ、「山岳事故についてだけ救助費用を有料化することは極めて難しい」と溝手弁護士は指摘する。
「まず山と平地、山麓と郊外など、地形の区別が難しい。また、登山と観光、その他の活動の線引きも難しく、紅葉や滝を見に訪れた観光客と、そこを通りかかったハイカーや登山者の区別ができません。山岳事故と自然災害の分類が政治的に決定される場合もある。噴火や雪崩、土砂崩れなどは通常山岳事故ですが、死傷者が多ければ自然災害に分類される傾向があります。そのため、救助を有料とする場合は、山も平地も問わずすべてを有料にするしかありません。
世界では日本やイタリアなどの一部を除き、ほとんどの国で救急車が有料です。『無謀登山だけを有料化』は法技術的に難しく、山岳救助を有料化すれば、救急車を含めたすべての救助活動を有料化することになります。山岳国家のスイスでは救助費用も高額で、国民の多くが保険に加入しています。また、アメリカではほとんどの州で救急車は有料ですが、救助活動中のミスに対する法的責任の懸念から、逆に山岳救助は無料とされています」
世界の山では登山規制と経済効果の両立を果たしている例も
救助活動の中でも特に費用が高額となるのが、ヘリコプターの出動だ。民間の捜索ヘリでは1時間あたり50万円程度と高額な費用が発生するが、警察や消防など公的機関による捜索ヘリは原則無料。ヘリによる救助のみを有料化とすることはできないのだろうか。
「一口にヘリといっても、警察ヘリ、消防機関の消防ヘリ、都道府県の防災ヘリがあり、これらを分けて考える必要があります。警察活動はすべて無料とされており、警察ヘリが有料化されることはありません。消防ヘリについては、救急車も含めた救急業務有料化の一環として有料化は可能ですが、前述のとおり山岳事故だけを対象とすることは困難です。
一方、都道府県の防災ヘリは条例で有料化が可能で、全国で唯一、埼玉県が防災ヘリでの山岳遭難救助を有料としています。地図上に山頂を中心とした円を描き、その中のみ有料とする方法ですが、このエリアの設定には合理性が乏しく、円の外に移動した遭難者は無料となったり、警察ヘリに頼めば無料であるなど、不公平も生じています」
近年は山岳保険の拡充も進んでおり、保険に加入していれば自己負担がないため、「救助費用の有料化が事故防止につながるとは言い切れない」と溝手弁護士。無謀な登山を減らすためにはどんな方法があるのか。
「富士山のように標高が高く有名な山で、アプローチが便利で1日に何千人も登れる山は世界的に見てもまれです。欧米では『登山は自己責任』という考え方が強く、事故防止よりもむしろ環境保護の観点から登山を規制する傾向があります。人気のある山は入山者数を1日100人程度に制限したり、道路や橋を設置せずアクセスを不便にすることで物理的に入山者数を抑制したりしています。
それでも有名な山や山域は山麓に多くの観光客を集め、大きな経済効果をもたらしています。モンブラン、マッターホルン、キリマンジャロなどは、日本の山に較べれば登山者数は極めて少ないのですが、山麓は多くの観光客でにぎわっています。富士山のように観光客のアクセスを容易にすればその中から必ず無謀登山者が現れる。登山者数を増やすことで経済効果を得る方法は、環境を損ない、事故を増やすやり方なのです。
ただ、すぐに入山者数を制限すれば、山小屋や交通機関、観光業者などの利益関係にも問題が生じます。富士山の山小屋は役所が公有地に使用許可を出す形で営業しているので、現在の山小屋の施設寿命を鑑みて、30年くらいの期間をかけて徐々に小屋や入山者を減らしていくしかないのではないでしょうか」
登山、観光、環境保護などの観点から、世界的に見ても異質な山にあたるという富士山。無謀登山による救助費用が地方行政を圧迫している一方、観光による恩恵も多く、一概に規制だけで解決を図るのは難しいのが現状だ。“日本一の山”は今後どのような道をたどるのか。
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